とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 8

 63 昔の人びと

 インパラのからだにソケットをとりつけたものは、おなかの側面に表示部があり、どれも正面をむいて不動を保っている。わたしの弟は1匹の顔面に手を近づけた。インパラは反応して、眼球をわずかに旋回させると、首をのばして弟の指をなめた。

 店の男はニッコリ笑い、弟に声をかけたがそのことばはききとれなかった。友達は、このおじさんは、あまりいたずらすると手を噛まれるよ、と言っていると説明した。弟はこのインパラは何につかうのかたずねた。店の男に直接聞いたので、男は笑ったまま、友達のほうに顔をむけた。

 友達は聞きなれぬ発音をつづけて、それが弟には、四角い、いや、ちがう、八角形か、もっと多くのツノをもつととのった箱に手をさしこんで、友達と、この男が、内部でいっしょに泥人形をこねているようすに感じられた。

 友達の説明は次のとおり、このインパラはペットや家畜ではない、おなかに埋めこまれた部品をみてわかるように、からだ全体が近代的な改修を受けており、たくさんの量をつめこむことができる。これは、持ち運びのできる、もの覚えのいい四足獣だった。覚えることはできるが、それを自分で使うことはできない。このインパラたちのくらしは、横になるか、そのあたりの草をたべるか、えさをもらうだけだという。

 2人は小道に入り、小さなテントと簡易柵のあいだを進んだ。友達の家は林を背にして建っていた。まわりのテントよりもずっと大きく、ロープと柱の数もけた違いなので、弟は村ひとつを飲みこんだサーカス小屋を連想した。白い布は銀の枠で縁取りされ、曲線の印象的な文様がえがかれている。

 入り口に門番がいた、わたしの弟と友達は、門番の鋭利な曲刀にさえぎられた。友達が男たちになにか言うとかれらはいなくなった。ここに自分の父親がいる、とかれは弟に言った。

 サーカス型テントのなかは暗く、中心の柱に男が1人、その左右にそれぞれ女が2人すわっている。かれら、友達の父親と2人の事務員は、計算機の端末で作業をしている。

 弟は、3人の作業よりも、テントの四周に置かれた木製の箱が強く印象に残った。箱は子供が背を丸めてしゃがみこんだくらいの規格のもの、塗料をつけた外殻には、1文字ずつ、漢字が投射されている。

    

  64 昔の人びと

 友達の父親は息子のすがたを確認すると立ち上がってこっちにきなさいといった。弟と友達は中央アジア式のじゅうたんを踏んで、そのたびにふかふかと気持ちよくなった。つやをもつ、青いビロードのクッションによりかかって3人はすわった。

 きみは息子の友達かとたずねられたので弟はそうですとこたえた。さっそくだが息子と同じ10人隊に入ってもらう、と言われたのでわかったと返事した。

 3人は円をつくるように腰をおろしている、その中央に光の線、平面がうまれると、サーカステントの入り口がひらき、小さな女の子が入ってきた。女の子は3人いて、どれもまだ弟とかわらない年齢のようだった。髪は黒く、眼球は青や茶色のもの、女の子たちはきらびやかな衣裳を身につけている。顔の造形がとてもきれいで、弟がきいたところ、このすがたはつくりものだといわれた

 女の子たちは水ガラス、煙のつぼ、吸飲装置を両手でかかえて3人に近づき、きめられたところにならべた。子供は、クッションにのしかかって、とびはねるように弟に近づいた。3人の娘は、友達の父親の妻、友達の妻、または弟の妻、ほか、任意の数の部族民の妻だと言った。ただし、日没をすぎると電離層の高さが変化し、3人とも粘菌をつめた有機体袋に変身する。

 父親は弟と子供たちに話をした。弟が遊びにきてくれたことを父親はよろこんだ。息子は口数が少ないのでめったに友達をつれてこない、かれは弟に、息子と仲良くしてやってくれといった。

 弟は返事をした。

 父親は部族の集落で、人の管理をやっている。部族は砂金のなかで生活しているので、いつ別の部族におそわれるかわからない。部族といっても、この時代に、しかもこの先進国にそんな古びたものがあるはずはない。わたしたち、砂金で生活するものはすべて法人として届出をすませている。父親も、ほかのテントの人びともみな会社の労働者だった。

 父親は自分の仕事について説明した。だれでもみな作業をするので、子供のときからそういうものに触れるのはよいことだ、といった。どうぶつも、猿も作業をするから食べものにありつける。息子や弟も、じきにえさをもとめてさまようことになる。父親は、作業のできないものは活動しなくなると考えた。だから息子には小さいときから部族のきまりのなかに入ってもらっている。

 弟に向き直ると、せっかく遊びにきたんだから、きみもここのくらしを体験してみなさい、と言った。弟は、父親の表情、銀の丸めがねの奥にはめこまれた眼球が、さっきからすこしもうごかないことを発見した。

 友達の父親は、もっと早く気がつくべきだった、と脈絡なくつぶやいた。2人の子供には聞こえなかった。

    

  65 昔の人びと

 2人の子供はサーカス小屋を出て、万人隊の事務所にむかった。窓口で、それぞれ所属を表示する札をわたされた。弟の札には「1・3・7・5・6・9」と数字が表記してあり、友達の札をのぞきこむと、「1・3・7・5・6・2」とあり、2人の札の裏側には、「サフラン」と印字されている。

 友達は、数字の意味は左から種別、万人隊の序列、千人隊の序列、百人隊の序列、十人隊の序列、十人隊個人番号を示していると教えてくれた。札をひっくりかえして、「サフラン」とは千人隊の符号のことだという。

 あとは、自分たちの所属するところのたてものにいけばよかった。弟は、友達に対して、これはずっとこの住所にいるのかどうかきいた。友達は次のとおりこたえた、年数と作業量、ほか、いろいろなものが組み合わさって、だんだん数字のけたが減っていく。友達の兄は「1・4・7」、4番目の万人隊のなかの7番目の千人隊長の札をもっていた。かれは部下とトラブルになり死んだ。友達はさいごに、父親の札は「2・2」だと教えてくれた。 

 

  66 人の平安を要求すると死ぬ

 担任教師は、生徒を教える仕事もまじめにやっていたようで、弟のふだんのようす、どんな子と仲がよくて、遊んでいたか、なども、しっかりとおぼえていた。通知表の、生活態度の四角いスペースに書ききることができなかった、と言った。わたしは、なんてまじめで、心のひたむきな人だろうとおどろいた。

 担任教師の学校では、生徒たちはみな利口で、人格もねじけておらず、自然をありのままにうけいれる素質をもっていた。生徒たちは、先生に命令されることなく、自分たちで自然とふれあう機会をみつけた。

 かれらは、担任教師のクラスの子供たちは、月のはじめにくじびきをひいた。当たりをひいた子供は、最後の1か月間、毎日自分の紹介をした。自分の名前、これはだれでも忘れがちだった、また、自分の好きなたべもの、きらいな色、スポーツ、将来なりたいもの、からだのかたち、顔のかたち、など。

 家族を教室に連れてきて、いっしょに給食や弁当を食べた。最後の日、当たりをひいた生徒は手足をしばられてブリキの焼却炉に投げ込まれ炭化する。生徒たちはガラスのむこうでゆれる火のかたまりをじっと見つめて、仏像じみた笑顔で見届けるきまりになっていた。

 子供たちはみんな、偵察の才能をもっていた、と担任教師はいった。しかし、自分のからだはもう腐ってしまって、脳みそも泥水につかっていることを発見した。すでに泥はかたまってしまい、おそかった。担任教師は、子供たちから目をそらすのは簡単なので、転職した、と言った。

 わたしは演奏会場に目をやった。かすかに楽器の音がして、コンサートがはじまったようだとわかる。  

  

  67 人の平安を要求すると死ぬ

 夕暮れどき、演奏会場から、各員が音を出しはじめると、ベンチに腰かけていたわたしと担任教師にも予兆がつたわった。空がむらさきになり、まわりの葉や人の表面は暗くなり、わたしたちは腰まで霧に浸かってしまう。さんざん待たされたので、戦闘員やほかの団員は何をしているのか気になった。防火服の人びとはよこになっていたがよく目をこらすと筋力トレーニングにはげんでいる。

 団員から通信が入り、担任教師は出発すると言った。

 わたしは知人を捜して、さいごまで見つからない、もうあきらめたほうがいい、と団員から口々にいわれて、泥まみれの知人の衣裳をつまみあげて車両にしまいこむ。

 操縦者が、もういつでもいけると手で合図した、その信号によって担任教師の頭部がめくれかえり、脳みそに多量の電気信号と、養分がそそぎこまれた、わたしは、担任教師がうっそうとした森の空気を吸飲していると知って、団員の最後尾に入り、列の一部になる。

 車両のライトが点灯して、ガソリンが車内に、いきおいよく流れ、わたしたちは油まみれになる。よくすべるようになった。

 車両は記念ホールの中央階段を、軽石のブロックをこわしながらかけのぼった。上品な制服をきた、きれいな係員、警備員ははね飛ばされ、ガラス質のからだが粉々になる。エントランスの中央、チケットを回収する娘たちの前で、操縦者はエンジンを切った。

 わたしたちは茶色いじゅうたんの上におりて、長槍を、床にたいして垂直の状態から、平行の向きに転換した。

 正式な服装の老人、男、女、半ズボンをはいた、髪のつやのある子供、スカートをはいた小さな女の子、何ひとつ後ろめたいものをもたない若者たちが、いっせいに団員の隊列に注目した。担任教師とわたしはおなじ分隊にいたので、担任教師が、前へ、と号令をかけたのが耳元でひびいた。

 団員たちは長槍をつきだすと、バタバタと突進した。笑顔でしゃべっていた聴衆たちに槍の穂先がつきささり、次々と、笹に似た要領で裂けていった。

 感じのよい青年、女の子、ピアノを習っている、腕の筋肉がとてもひきしまった娘、白いくちひげをはやした、学者風の中年男性たちは、ぜんぶ、たて長の短冊みたいにひきさかれて、いったん天井近くまでまいあがると、ひらひらと降下していった、その際、木組みの天井にしぶきがかかり、かわいらしい水玉模様をえがいた。

 ホールのソファの下に、2cmほどの黒いすき間があり、そこから歴史的妹たちが目を覚まして、赤くなった目をこすりながらその場駆け足をつづけるのを目撃した。ピンクと、青銅の成分をあわせた、ふしぎな雨ガッパを着た女の子たちが、傘をさしてしぶきから身を守っている。

 団員は、よいものはよいものに、どうでもよいものはよいものに、と金切り声をあげながら長槍をふりまわし、上品な身なりをした母親たちのおなかに穴をあけていく。演奏会にやってきた客たちの声は、わたしたちの強い感情によって変調をうけていた、そのことは、かれらの逃げまどう声が、猫の集会みたいな、こもったうなり声として伝わることから推測できた。

 防火服の戦闘員たちは、団員、おとなしい操作員が説得しているあいだ、車両の陰にふせて、指令を待っていた。

 ふいに、肩章をつけた、頭皮をむしりとる、童話の主人公をあしらったもの、白金のワッペンをもつ戦闘員が、くぐもった号令をかけたが内容は次のとおり。

操作員、駒の反転、中間なし、転換おわり、云々。

 わたしには、その号令が古びた、意味のないものにきこえて、むかし見たことのある景色ににおいを感じとった。  

  

  68 人の平安を要求すると死ぬ

 演奏会場の外がさわがしくなっているようだ、と楽器の使用者は察していたが、だからどうするということではない。

 楽器の使用者たちは、自分たちの手にもった道具をじっと見ているものか、瞳孔がひらいたまま正面を見ているものしかいない。かれらのうち数人が、ようすのおかしいことを感じとって、吹いたり弾いたりをやめた。すると、楽団の支配者、合成金属の胸像に、生身のからだをつなぎあわせた、重さをもつ指揮者が、作業を中断した演奏者たちに注目した。

 指揮者は手首のうごきをとめると、腰から手袋をとりだして台をおりた。台はおそろしい高さだったのでかれが着地したときに音がなり、光沢のある板張りの床がバリバリと割れた。板切れがとびちって、床下の素材がめくれかえった、それはするどい断面をもつ古生代の層だった気がする。台の頂上、さっきまで指揮者が立っていた位置は、だいぶ遠ざかって内側に曲がってみえた。

 かれはヴァイオリン部隊のなかにつかつかと入っていって、楽団員が見守るなか、演奏者の1人の胸倉をつかむと、宙に吊り上げた。ヴァイオリン奏者は、上昇によってくつがぬげて、ズボンがはずれた。指揮者は、本番前に集中力を欠いてはいけない、わたしたちの演奏を完璧なものにするんだ、等の業務的な話をした。

 防火服の戦闘員たちは腰をおとして背をかがめたまま、うではだらりとたらし、その先に道具をもっている。車両の陰からとびだして、ホールエントランスの複数の箇所、人びとのかたまった部分にむかって、放射状に方向をかえて走りだした。操作員たちは1階の中央部分で、逃げおくれた子供や、足のわるい老人を分解する作業に夢中になっている。

 鉄道会社の記念ホールは数百人を収容することができる、まだ人びとは残っているようだった。

 人びと、床をバタバタと鳴らす、革製のくつをはいた人間たちは、階段をのぼって、吹き抜けの2階に逃げた。2階は細いろうかがあるだけで、すぐにぎゅう詰めになった、押し出された人びとは木の柵から1階に墜落した。すぐに柵は折れて、気持ちのいい木のしなる音がした。

  

  69 人の平安を要求すると死ぬ

 わたしは担任教師に声をかけようとして、その顔に注目する、担任教師はあちこちに指示をだし、ホール内の各ポイントを観察して、高速で首を振っている。質問しようとして、とてもできそうな状態ではないと判断した。

 戦闘員たちは、人が集中する地点に近づいて、道具をかまえると、そのなかにつめこまれたかたまりを放出した。人びとの皮フをくいやぶって、肉の繊維を切断し、からだの芯となる骨は枝を折るようにちぎれた、または、かたまりの反発力をうけて、肉等を付着させたままとびだした。かたまりがいくつも移動して、それは自転をもっていたために数人、数十人のわるい人、あるいはどちらでもない人に接触した。

 ゆたかで、質のよい養分から構成された女の人、若くて、目鼻立ちのととのった、まっとうな肩書きをもつ男の人たちはひどく損傷した。かれらはぜんぶ、つぶれた昆虫じみた姿勢でじゅうたんに口やほっぺたを押しつけた。

 演奏会場のとびらがはずされて、団員がなだれこんだ。わたしは担任教師のうしろについて、傾斜のゆるい下り階段をかけおりた。団員たちは楽器をもった演奏者を横1列にならべて、長槍と棍棒で順番にたたいた。

 一連の作業を通じて、担任教師や、その部下の団員たちの顔にはよろこびが感じられた、かれらは自分たちの労働にやりがいをもっているようだった。

 わたしは、弟の、この手紙を読んでいる当該人物のかおとことばをおもいうかべて、まぼろしの手で、ぺたぺたとさわった。弟の頭部だけをわたしの脳みそに収納して、ボトルシップに似た姿の弟、わたしはこの子供が次のように話している風景をつくりだした。

 昆虫にならないように、脳みそにワックスをぬる。こまかいみぞにも、ハケをつかってぬりこんで、つやをだすように心がけるべきである。

 むらがでると、そこから昆虫信号が入り、信号はとても強力なパルスのかたちとなって浸透してしまう、ひとたび脳みそ、無数のスイッチと線をもったわたしたちの中枢装置が昆虫信号とおなじリズムをとってしまうと、わたしたちは司令官の指揮下に入り、昆虫指令がわたしたちの胴体を操縦することになった。

 こうした視覚像はすぐに消えて、団員たちにうながされると、わたしは片付け作業に加わった。担任教師は自分からは口に出さなかったが、これだけ、だれかのためにはたらくことができる、すばらしさ、満足をわたしに伝えたくて仕方がないようだった。

 後日、団から連絡があり、担任教師が車にはねられて死んだと知った。担任教師は、商業施設を歩いているところを警官にとめられて、逃げようとしたがころんだ。ちょうど、自転車にのった中学生の女の子に後頭部を圧迫されてうごかなくなった。

 

[つづく]