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とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 7

  55 人の平安を要求すると死ぬ

 団の目的があきらかになり、つづいて指令所での団員の活動を紹介してくれるという。

 休憩中、わたしと知人は学校について話をした。授業はしばらくないようだ、でも、講師たちはふだん何をしているんだろう。かれらは経歴もそれぞれちがい、勤労意欲は総じて低かった。学生の前でかぞえかたを教えて、おわるとどろどろした鶏卵になって銀色のボールにおさまった。

 幼い操作員の子供、ふわふわした、肉がうっすらついて、全体としてはこわれやすい印象を与えるが、この子供がまた説明してくれた。すべてをこちらの性質にかえるために、団は次のように段階的に作業する。

 まず、無色もしくはわるい色の駒を捜すために調査員が盤上に加わって、ひとつひとつひっくりかえして調べていく。駒がもともと、どうでもいい性質だったときは、操作員がその人によい属性を与えるために接触する。完全にわれわれと反する色をもつ駒を発見したら、戦闘員を出して処置する。以上のように、駒を見分け、よいならよい、どうでもよければ、それらにはよさを与え、わるいものなら抹消する、こういう活動をまとめて取り扱うのが、とりでのサーカス団である。

    

  56 人の平安を要求すると死ぬ

 「わたしと知人は……」と、なにか言いかけたところでサイコロがなくなった。弟はベッドの上に散乱した、豆粒くらいのサイコロをかきあつめて、ボールに投げ入れた。金属、アルミ系のカラカラとひびく音で気分がよくなったので、むきになって両手ですくっては放り込んだ。

 羽毛とスプリングの弾力で、たまにサイコロは吹きとんでしまった。

 弟は次の日の夜、もう屋外のバケツが凍って、日付がかわるころ、労働からかえってきた。こうして時間を売って、もう売るものがなくなったと感じたがそれをよいともわるいともおもわなかった。

 手紙のたばをでたらめに選ぶと、草色の、ツルとツタをまねた文様の巻物をガサゴソととりだした。紫色のひもで封をされていて、はずして紙を読みだした。文字のはじまる以前のところに、おそらくはあとから貼りあわせたとおもわれる紙が目についた。無数の着色料とかたち、字形をもつ印鑑が押してある、これは、四角い、または丸い迷路を集めて航空撮影したものだ、と弟は直感した。

 印のあとに、姉の手紙の本文がはじまった。姉は、いやがらせをするのが重要という認識なので、文字はすべて左右対称に変形されている。内容は、サイコロ手紙と連続しているようだ。

 わたしと知人は団の案内にしたがって、予備要員コースを申しこんだ。学校はほとんどあてにならないので、口をあけて待っていてはどこにも働き口が見つからない。2人は、たまたまこの団を見つけたが実は幸運だったのでは、とおもうようになった。2人が応募したコースはある程度の期間を必要とする、学校がほぼ実体のないものでよかった。

 知人とわたしは、肉料理の店で昼ごはんをたべた。外はまだむし暑い、太陽光線が強力なため、歩いているうちに靴底が溶けだし、浅瀬に流れこんだ。わたしの背中は汗の粒を発生させて、数分で蒸発した。

 とりでのなかは暗くひんやりしていたが、いったんおもてに出ると差が激しいと感じた。2人は授業の前後や、時間のあるときに集まってよく口をきく。

 配給券をもらわないと食べるものがなくなって死ぬ。移動射殺部隊につかまって、じめじめしたかべぎわで処刑されるようなことは、いまのところない。処刑されないだけで、別に死んでいけないわけではなく、方法はいくらでもある、と知人がしゃべった。

 やらないだけで、わたしたちのことはどうなろうと、問題ではない、ぜんぶ、たまたまきめられたとおりにうごく。わたしは相手がなにを言っているか理解できて、話を打ち切った。

 予備要員コースでは、わたしは、弟の担任教師だったという人物と知り合った。すこしのあいだ話をしただけだが、その後、この人が車にはねられて死んだということは人づてにきいた。 

 

  57 人の平安を要求すると死ぬ

 予備要員コースのはじまる日、知人とは配電所のうらで待ち合わせることになっていたが遅刻した。作業する気配のない、草でぼろぼろになった農村のなかに入ると、大規模な配電所があったので、そこを目印にした。

 わたしは、いまも、知人の外見がおもいだせない。

 敷地のまわりにオレンジ塗装の金網がはられていた、2人はそこで集まった。わたしは遅れた理由を説明するために次のとおり話した。

 家族が増えることは、すばらしいことだ、と父親、自分は1度も口をきいたことがない、父親のうち、からだの欠損したものが、そういうことばを言った。わたしは、すばらしいという単語をきいて、次の日、父親と母親が言い争っているのを目撃した。

 1階に降りるとき、きょうは家のなかがいつもより広いと感じた。自治会のたのみを受けて、家に対しては200人の作業員が割り当てられた。まだ夢をみているとき、まっくら闇の方向から、整然と歩いている家族の足音がきこえた。

 食卓には、それぞれテーブルの四辺にビニール人形がならべられ、背後に父親と母親が2人ずつついている。かれらは、どろどろに溶けてかたまった人形をつかんでは、対角線上の相手に投げつけた。だれか、弟の1人が、たべものを粗末にするな、と言った。

 知人は、その家はとても心があたたまる、と感想を言ったがこの話はその場でつくったもの、実際には、わたしは気に入った弟といっしょに大型トラックに乗って清掃工場にむかっている。このことは絶対に外にだしてはいけない、と弟は念押しした。

 この弟は、わたしが気に入っている、すなおな子で、いま手紙を書いている相手、これを読んでいるおまえとは別のものである。

 荷台にビニールシートをかぶせて、においのするゴムひもでしばってあるが、なかに積んであるのは使われなくなった家族だとおもう。家に入りきらなくなって、犬小屋とか、庭の物置とか、雨が1日中やまないときは、ブロック塀の陰に寄り集まるが、そういう位置もじきに容量をこえる。

 毎晩、わたしの家から、はじきだされた家族の構成員が、それらはみな名前をもっていて、表札にはその名前と序列が印字されているが、かれらは公道や、街灯の下であぶれると、どこからともなくおおかみの部隊が近づいてくる。

 子供のころ、歴史の先生が、おおかみはむかしから人間とかかわりが深い、と教えてくれた。おおかみはそれぞれ10匹から15匹の分隊をつくり、住宅街のなかを、屋根から屋根へ飛びうつって、わたしの家を囲もうとした。

 ところどころの交差点や信号でパトカーが待機についていたので、そういう場所ではおおかみたちは1列になってカツカツと音を鳴らして歩いた。安全の旗をもったおおかみが小走りで列の先頭に立つと、左右を確かめてから横断歩道をわたった。このおおかみは、そのあと、口にくわえた旗で、となりのものにちょっかいを出しがちだった。

 わたしの家では、自分たちのつかうところは自分たちできれいにしろ、と教えられている。わたしは父親と母親の人ごみを抜けて、その弟といっしょに大型トラックを借りて、家のわきに停めた。

 弟はわたしと似たすがたで、髪の質がよい、さわるといつもやわらかいのでしきりにさわった。2人でリヤカーを使い、道路中に散乱した家族のかけらや破片をぜんぶ集積した。

 弟が庭の蛇口をひねって、わたしはホースをもって液体を洗い流した。清掃をした日は昼すぎまで側溝が赤茶色のままで、自分はその風景と、金属のにおいが強く印象に残った。  

  

  58 人の平安を要求すると死ぬ

 脳みそのスポンジ質に、直接、指令をうけた操作員たちは、原則にのっとって作業する。

 次のとおり……すくない団員で、大きな効果を手に入れるためには、まず生来のわるいものを消していく必要がある。どちらでもないものは、よいものにかえていく、または、その場の判断で処置する。

 わたしと知人の2人は団員の衣裳を借りて、輸送車両のなかで着替える。2人がおわらないうちにエンジンがかかり、車両はうごきだした。

 外骨格を、じょうぶな鉄鋼でおおいかぶせているため、窓はついていなかった。わたしは光がかすかに漏れている機材のすき間、強い光点のあるところから、外の風景を見ようとして、なにもわからなかった。

 座席には、わたしたちと似た衣裳をつけた5人の団員と、かれらに対面するように、ごつごつした防火服を身につけた6人の団員が、それぞれ座っている。運転手のとなりに、このグループの長である男が立っていた。

 わたしは、これからどこにいくのかを、そばにいた団員にたずねた。団員はこれからコンサート会場にむかい、中間駒によい性質を与え、反対駒を処置するとこたえた。となりの団員がふりむいて、コンサート会場について教えてくれた。

 ホールは、鉄道会社によってつくられたもので、会社のもつ路線にとびこんだ人数が10万人をこえたときに、記録の達成を記念したものである。わたしと知人は、輸送車両をおりて実際にその外観を目にすることになった。大理石の神殿をまねていた。わたしと知人は、ホールの基礎をつくる柱を調べながら1周した。円柱ではなく、これまで列車に飛びこんだ人間を、柱の大きさに膨張させたもの、それらがホールの屋根を支えている。

 ふと、わたしの視界が白と黒だけに制限されて、耳に入る物音はぜんぶ波長音になった。わたしは、あと知人も、何ひとつ準備をしていない、手持ちのものもない。コンサート会場に入る前に、わたしたちは庭園でさいごの打ち合わせをおこなう。

 薄暗い車のなかではわからなかったが、グループのリーダーがどこかで1度見たことのある顔だと気がついた。リーダーはこのとき、わたしに声をかけて、状況によっては、2人を置いて逃げることもある、と注意をうながした。わたしと知人は前もって話したとおり、わかりました、とこたえた。リーダーはわたしに正対した。

 この人物は、わたしの弟の担任だったことをあかした。わたしは、自分が写真で見たことを忘れていた。弟のいるクラスの集合写真があり、人物たちはみな、白い枠におさまり、段ずれの4列でカメラに注目している。生徒は髪を切りそろえ、耳は見えない、どの子供も細くて小さな眼をもち、笑っているが、そのなかでもわたしの弟は特に質がよい。

 見慣れた青い中山服に混ざって、担任教師が笑っている。作業開始の時間はまだ遠かったので、わたしはこの人物と話をした。庭園はむかし武家屋敷だったところを改造して生まれた。芝はよく整備されていて、わたしたちが歩くたびに土がぼこぼことめくれて、自然物をこわしているような気持ちになる。

 シダやソテツなど、原始的な大型植物が曲線をつくるように植えてあった。昼間は、記念ホールにやってくる聴衆や、近くの賃金労働者たちでにぎわっているらしいが、外灯がすべて撤去されてから、夜はあまり治安がよくないという。この日、人影はまばらで、おなじ衣裳を身につけて、16世紀ごろの長槍や鉄砲をもったわたしたち、異様な集団は、よけい目立った。 

 

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 「担任教師と口をきいているあいだ、のこりの団員はしばらく休憩をとっていた。衣裳を身にまとった操作員たちは、どれもまだ若い男や女で、顔は毛糸でできたもの、布のはりぼて風のもの、割れた小さい陶磁、色や光沢の異なるものをモザイク装飾のようにつぎあわせたものと、個性のある顔だと感じる。わたしはかれらの顔をみて飽きなかった。

 防火服の戦闘員たちは、大型の水牛の家族といっしょにソテツの陰で休みながらたばこを吸っていた。全員、防火マスクをつけたまま、たばこをそのなかに入れて喫煙したため、かれらの表情をビニール越しにうかがうと、煙がたちこめて何もみえなかった。

 担任教師は、○○くんは……と、わたしの弟を呼ぶときはいつも名前につづいて「くん」をつける傾向があった。わたしはこのとき、担任教師の表情の変化を見逃さなかった、この人物の顔から、人間的な感情を読み取ることができた。弟の、いまこの手紙を読んでいるおまえの名前は、すでに無効になっている」

 弟は、自分の所業がこんなところで家族に流出していたことをはじめて知った。いまとなってはどうしようもなかったので、すぐに気にもとめなくなった。

 「この人物は、わたしの弟をとてもすなおで、ききわけがよく、ただし何も信じていない子供だったといった。担任教師によれば、この学校に入ってくる生徒たちのなかでも、わたしの弟のように、かわいらしいものと、そうでないものに分かれるという。

 担任教師が感じたかぎりでは、どんな子供もさいしょはすばらしく、徐々にどうでもよい、考えるに価しないクズになる。この「さいしょ」というのは、一瞬でしかない場合がほとんどなので、中山服を着て正門をくぐった瞬間に、ただのクズ、腐った人間の設計図に変わり果ててしまっている。

 担任教師は、わたしの弟はいつもすなおで、かしこく、おぼえもよくて、筋力もあった、と言った。子供は、ふつう筋力がなくてかしこくないので、よくけがをする。担任教師のクラスでも、入学してまもなく、2人の生徒が不法入国者ごっこをやって、問題になった。

 このごっこ遊びについては以下のとおり……1人が、ドラム缶のなかにはだかで入り、もう1人は、時間をおいてドラム缶をあける。缶から這い出した男の子は、もう1人に対して仕事のあっせんを頼む。こちらが不法入国者で、もう1人は人の出入りを管理する組織を演じる。

 2人の生徒はごっこ遊びのなかで、はだかの入国者に対して、半導体企業の倉庫から、お金になるようなものをとってこい、と指令をくだした。次の日の朝、半導体製造工場のフェンスに、電流をあびて丸焼きになったすがたの生徒が発見されて、かれらの遊びのすべてがあきらかになった。

 担任教師はこの2人のせいで、主任からだいぶおこられた、と言って笑った。丸焼けのほうは死んで、もう1人は体育教師に指導されて右足が太ももから欠損した。このように、子供はあたまがわるいので、安全性をよく意識させないといけない、と担任教師は説明した。わたしは、そのとおりだとおもうとこたえた。

 わたしの弟は筋力があったので、どんなあぶないことにも動じなかった。弟と、かれの1番の友達は、放課後いっしょに遊ぶことがあった。

 この友達は、と担任教師はことばをつづける、実家がテントでできていたので、こんどあそびにおいてよ、と弟をさそった。

 なぜテントかというと、この友達の親は部族の高級幹部なので、市街からはずれた、砂金の原っぱに住んでいる。

 土曜日、朝ごはんをたべて、弟と友達はバスにのって町はずれの停車場でおりた。コンクリートの区画に、円陣をつくるようにバスが停まっていて、仕事のない人びとがすわりこんでボードゲームを楽しんでいる、しかし2人の子供には、かれらが退屈しているように感じられた」。 

 

  60 昔の人びと

 アスファルトの上に砂金がちらばっていて、いくらほうきではいてもきりがない。バスターミナルの先は砂地になっている、風が吹きつけると金の粒が舞い上がり、バスや建造物は汚れた。バス会社ではたらく人たちは、夕方、夜風の強くなる前に、たまった砂金を水で洗い流さなければならなかった。

 弟と友達は、きれいな青い看板にむかって、あれだ、というと、店に入った。2人は料金を払ってかぎを借り、店の外にでた。馬が2頭、ベンチの前で休んでいたので、かぎをでたらめにつきさした。2頭の馬が4頭に増え、さらに8頭に倍増した。ところが、脚の本数は変動せず、馬は1本脚になり、2人の子供がまたたくあいだに、脚がひづめの先から砂にめりこんでいき、胴体から上だけを写しとった置物みたいになった。

  

  61 昔の人びと

 弟は目を細めて笑い、馬たちのほうにかけよった。1本脚の馬たちは、トランプの8とおなじならびで砂金に埋まっている。弟はうしろからパタパタと近づいて、そのたびに素足が砂粒を払いあげて、太陽光線によって点滅した。うしろから近づいても蹴とばされる心配がないので、弟は外側の1頭にとびついた。

 茶色い毛並みの個体で、ぺたりと表面にしがみつくと、皮フの内部で強力な運動がおこなわれているのがわかった。手のひらや、ほっぺた、胸骨など、からだのさまざまな部位で、馬の筋肉と血管のうごきを感じ取った。

 弟は、馬はいつどこで筋肉トレーニングをやっているのだろうかと疑問におもった。友達は弟のあとをついてきて、それに気がつかず、弟は砂金のなだらかな丘のむこうに、まぼろしが映りこむのを目撃した。

 夜、月と星がはっきり見える、レーダーエコーには何も表示されていない時刻がくるたび、岸辺に1群の馬たちがあらわれる。へびの形態に似た、曲がりくねって、ゆっくりと下流に移動していく川があり、そのほとりでスポーツ帽子をかぶった青鹿毛の1頭が笛を吹く。体操の隊形にひらいた馬、馬の影、長々とひきのばされたものが、横になった姿勢から、前脚屈伸をくりかえして、無限回の腕立て伏せにとりくむ光景を弟はじっと見つめた。友達が声をかけると、視覚像はなくなり、弟といっしょに馬たちも首をねじってふりむいた。

 弟は、この馬たちがどこで仕入れたものかたずねてみた。友達は、ぜんぶうちで調教したものだとこたえた。友達は、弟のとなりの馬にまたがり、弟もいったん立ち上がって馬の背中に腰かけると、砂金の上につくられた部族の都があった。

    

  62 昔の人びと

 2人は1本脚の馬からはなれて、部族の都にむかった。

 弟は裸足のまま砂金の上を歩く、それをみて友達もサンダルをぬいで、かばんにしまった。弟は、近づけば近づくほど、プリン型のテントが増えて、テントのあいだからまたいくつもテントが出現することに気がついた。

 あちこちで馬が首を振る、いななく、脚をすこしまわすなどの動作をおこない、部族の人びとはのんびりと歩いている。

 友達は言った。自分の親は都の人口をかぞえる作業をやっていて、こっちに住んでいる。かれは弟の手をひいた。2人の子供は大通りに入った。スクーターが行きかっているので、ぶつからないように注意した。タイヤ、排気筒が砂金をまきあげて、その一帯が発光した。

 テントは大きくひらき、色とりどりの商品がならべられている。店の人たちががなりたてるので、2人はお互いのことばを伝えるために顔を近づけた。それでも、エンジンの回転や羊の鳴き声が割って入るので、以降は手のひらを合わせて、文様でやりとりすることにした。

 大通りを横切るあいだ、弟は露店のようすを観察した。

 

[つづく]