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とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 6

  37 人の平安を要求すると死ぬ

 サイコロの籠は半分ほどになって、弟はいったん休んだ。そのあと、つづきにとりかかった。次のような文が出現した。

 電話の先の人物は、養豚場は学校をつくるのにいいとおもった、といった。ところが、オーナー、かれはなかなか応じなかった。電話の声は次のとおり説明した。

 わたしが養豚場のオーナーに会いにいくと、提示したのよりずっと多い額を要求してきた。何回か話をしたが、らちがあかないので、室長に相談した。室長はわたしたちの室の責任者だが、みなそれぞれ担当の作業が異なり、おたがいに必要以上にかかわらず、余計な作業を背負わないように用心している。

 わたしの相談をきくと、正確には、わたしが第1文字を発したときに、室長は顔面をこわばらせて、こちらを向いているようで向いてなかった

 わたしと1度も目をあわせず、あれをつかえばいいんじゃないか、と助言をした。

 

  38 人の平安を要求すると死ぬ

 わたしは室長のことばにしたがって園芸室に電話をかけた。都合のいい日に、枝切り作業員を数名借りられるかきいてみた。5名の作業員を出せるということなのでわたしは園芸作業員を使うための申請書をつくることにした。

 その日、作業員5名は園芸室保有のトラックに乗ってやってきて、事務室に横付けする。たてもののろうかは排ガスでくもり、床は泥とタイヤ痕で汚れたので、清掃人がすぐにとんできた。

 わたしはトラックの助手席に乗りこみ、誘導は端末にまかせた。

 5人の作業員たちは、座席についたとたんに気がついたことだが、なんともいいがたい、気分の悪いにおいをただよわせている。

 園芸室は、たてものの庭の維持や清掃をおこなうということになっていた。5人の枝切り作業員は、わたしのようなものとはちがう採用枠でここにきている。かれらのほとんどは海外国籍をもち、わたしたちのことばをまともにしゃべることができない。

 契約警備員出身のものがたくさんいて、腕の太いものや、口や耳の裂けたものがいる。

 わたしといっしょにオーナーのところにいく5人について……1人目、トラックを運転している男は、ひたいに糸の縫い目があり、眼球は落ちくぼんで、くまができている。前方を見ているようだが、目の黒い部分は広角におかれている。筋肉質だが、顔色、肌の色は青白く、たまにキリル文字をしゃべったり、薄気味悪いしぐさで息を吸ったりする。

 2人目、荷台の最後尾にかがみこんでいる背の高い男、かれは整った顔立ちをしているが、枝切り服の内側、肩から背中、胸とおなか、両腕の指の先まで、びっしりと刺青が彫ってある。沿海州の高低図がそのままからだに写しこまれているので、ロシア旅行のときにつれていけば役に立つと感じた。

 3人目と4人目は、それぞれ片腕がなくて、そのかわりにマネキン式のうでをはめている。

 さいごの1人、たぶん先任の男だが、かれは頭の毛がなく、眉毛もない。からだはいちばん小さくて、手が異様な状態だと気がついた。手のひらにはいっさい文様がなく、指の1本、1本は手首と同じ太さをもつ。爪もはがれて消えており、皮フは象の皮と、昆虫のキチン質をあわせたような、どす黒い色をしている。

 この5人はみな、特有なにおいを発していた。わたしは何度か、作業員にきいてみたことがあり、このにおいは皮フか、消化器官から出ており、この集団に雇われる前からなくなったことはない、ということだった。

 5人目の、髪のない男は、トラックの荷台の中心から説明してくれた。自分たち作業員は契約警備員の時代にさんざんこきつかわれて、からだが半分くされてしまった。作業員たちがはだかになれば、うじのわいているものや、茶色やむらさき色、七色、虹の反射する光のように変化しているものもいる。

 作業員はろくな仕事がないので、学校を出ると、それも、文字の読み書きを教わるだけだが、海の作業をやりたくないのでみんなで警備会社の支所におしかける。ここでひととおりの書類手続きや、健康診断をすませると、契約社員として雇われることになる。

 からだの損傷にしたがって給料を受け取るしくみだ、と会社の担当からきいた。作業の内容は、場所によっても変わるが、ほとんどは単純で、何も考えなくていいようなものだった。わたしは、と髪のない枝切り作業員がていねいに話を続けてくれた、同じ団地の仲間といっしょに、工場地帯の区画にまわされた。

 契約警備員は、6人で1チームを組んで、無作為抽出で市民の家にどかどかとあがりこんで作業をやった。市民も市民で、刀剣類や銃で武装し、待機所を襲撃する、あるいはわたしたちを待ち伏せしたので、そんなときは乱闘になった。

 要領がよくて、まったく痛い目をみないでやりすごせる警備員はすぐに飢え死にした。ここの契約はからだの損傷に応じて賃金をもらうことになっているので、けがしないものは1銭ももらえない。だから、ここにいる枝切り作業員みたいに、わりと欠損したところで契約を打ち切ってやめる。

 いまの集団での作業、庭や植木、花壇の整備という労働はとても興味深いもので、給料も食うに困らないし、作業員はみな感謝しています。

 海の仕事をちゃんとやる人は、わたしたちのなかでもちょっと特別で、かれらはすばらしいとおもっている。子供のときは、墓石の波を縫って、好きなように灰色の石の海をおよぐ人にあこがれていた。

  

  39 人の平安を要求すると死ぬ

 オーナーの邸宅を数回にわたって訪問し、いろいろやったが養豚場の取得がうまくいかなかった。オーナーは枝切り作業員たちの作業によく耐えて、うんといわず、首もたてにふらず、5人は、これはやっかいだ、といって首をふった。オーナーは途中で死んでしまい、養豚場の権利はその娘に移った。娘は情報省の役人で、いまはヨーロッパの小さな国に出向しており、土地の売り買いとか、そんな話に応じられる状況ではなかった。

 わたしは袋小路におちいり、専門学校のはじまる期間がせまってきた。

 あるとき、室長がわたしをよびだした。期限が近いみたいで、課長が心配しているから、説明しにいったほうがいいとおもう、といわれた。自分がいくよりも、きみのほうがくわしいはずだから、ということだった。わたしは室をでて課長のところにいき、尋問された。

 もどってくると室長が活性化してこちらに近づいてきて、どうだったかとしきりに聞いてきた。わたしは、課長から死ぬまでかえってくるなといわれた、とこたえた。室長は自分の名前がでてこなかったようだとわかって安心した。

 以上のような話はスピーカーから流れていたが、わたしはもう出かける必要があったのでそのままにしておいた。

 この学校に通っているとき、わたしは静かな洞くつを見つけた。

 校舎はまだなかったので、いや、おそらくいまもないだろうが、授業がひらかれるときは直前に連絡がきた。講師との契約のため、授業は多いときには日に何コマもあった。逆に、季節に1回しかないこともあり、教わったことは何も覚えていない。

 この学校から教わる事項はぜんぶ保護処置されて、信号的なかぎのかかった状態で脳みそに蓄積していく。学校を卒業した時点でぜんぶのかぎつきの、脳みそ成分にロックがかかり、引き出すことができなくなる。学校で覚えたことを、卒業または中退してからおもいだすためには、月額いくらのかぎ代を支払わなければならない。

 わたしはそのつもりはなかったから、学校の授業のことは何も覚えていない。たぶん、いまもわたしの脳みそのどこかに、ロックのかかった状態でプカプカ浮いているとおもう。

 

  50 人の平安を要求すると死ぬ

 姉は弟に話をする、そのとき、わたしの弟は食事をとる風景をおもいうかべた、父親と母親は安定した数で静止しており、わたしの弟も姉もふくめて、すべて架空の子供のかたちをもち、テーブルにはフライパンでいためた怪獣のビニール人形がならんでいる。さまざまな種族の……。

 

  51 人の平安を要求すると死ぬ

 さまざまな種族の怪物、恐竜をモデルにした怪物、鳥や実在のどうぶつと人工機械が合体した怪物、抽象的なかたちをしたもの、色のないもの、色と、かたちがつりあっていないもの、星のかたちをしたもの、おびただしい、ぜんぶが異なるビニール人形が青灰色の煙をたてて、表皮が溶けだして食器に広がっている。皿はよくみがいてあり、わたしとわたしの弟、父親と母親の顔を映した。

 わたしは洞くつの奥に進んで、地下につくられた小さな城にたどりついた。城は木と草の繊維でつくられ、わたしの足音に気がつくと反響をだした。

 わたしは専門学校の知人とならんで、団長と面会した。団長は通信系ではミリアムという符号で呼ばれており、団長その人にはなまえがなかった。

 団長室に入り、いすに腰かけた。大型の机があり、壁にはきれいな旗がかかっている。旗の中央に団章が縫い付けてあった。小間使いが2人にコーヒーをくれたが、粘土の味がしたので手をつけないようにした。調度品はすべて木製で、よくそうじされていると感じた。

 団長は歳をとって縮んだ老人で、それでも背が高く、天井にあたまをぶつけないように首を直角にかたむけている。ソファに座ると、さっそく団に参加してたのしんでもらいたい、と言い、最近関心のあること、洞くつの城の住み心地など、重要でない話をつづけた。

 実際の団の活動は、となりの指令所をみてもらったほうがいい、とかれにすすめられて、回廊をわたって城の上層部、突き出した鐘塔の内部にもぐりこんだ。小人か子供の規格でつくられているためか、天井も幅も小さかったので這ってすすまなければならなかった。

 指令所のとびらの両側に、防火服をきた戦闘員が立って、団長のすがたを認識すると異状ありません、と絶叫した。

 指令所は劇場に似ているとわたしはおもった。正面には表示画面があり、そのときのわたしには読みとれない、たくさんの地理情報や、表、数値、符号がみえた。床を這うように、端末の画面が設置され、わたしは画面の光によって浮かびあがる団員のうつろな顔をみわたした。

 指令所の大きさは、案内役の団員にきいたものを引き写すと、たてが50メートル、横が30メートル、高さが6メートルの箱型、巨大な表示端末は正面のかべをおおい、操作員や監視員のつかう小型の端末が40台、たて×よこであらわすと5×8台ずつ。

 照明は、はじめはほとんどなかったが、団員の要望で、かべに一定の間隔、3メートル毎にろうそくのともしびを取り付けた。

 ろうそくは溶けてなくなるとすぐに補充できる。鐘塔のかべのなかに、ろうそくを送り込むケーブルを埋設した。だから、ともしびケース、200年前のイギリスの形式を利用した燭台がセンサーをもち、ろうの減少を感知して自動で交換されるようになっている。

 わたしと知人が足を踏み入れると、油と花を混ぜ合わせた、よい香りに気がついたのはこのためだった。この香りは白檀の香り、線香のけむりではないか、と知人がつぶやいたので、それをさえぎって、これはクローブ油のものだ、豚肉や、いためた野菜にぬりつけるものといっしょだ、と言った。

 わたしは薄暗闇のろうそくの粒子にひたされて眠くなった。巨大表示から視線を落として、端末にむかう団員たちの顔を眺めた。かれらは正面をむいているので、もちろん、位置を変えて巨大スクリーンのかたわらに立った。

 団員の顔、みな一様に白いビニール製の衣裳を着た人たちの顔は、わたしにとって見たことのあるものだった。かれらは、団員としてのきびしい教育をうけたのか、または、もともと外国や離島の出身なのか、特徴のある顔かたちをもっていると感じる。

 知人はさっきから一言もしゃべらない、わたしがどうしたのかようすをたずねると、自分はこのひとたちを尊敬するとこたえた。かれらはすべてつくりものだからいつこわれてもいい。

 

  52 人の平安を要求すると死ぬ

 かお……表示に見入っている団員たちの眼はみなうつろで、どんな表情も読み取れなかった。わたしは1人ずつ注目して、頭部のなりたちを調べてみた。

 かれらの顔面の皮フは目のあらい毛糸からなり、毛糸は茶色、細かい繊維がけばだっている。鼻はプラスチックのボタンをとりつけた簡易なもので省略され、眼球は青銅貨がならんでいるだけだった。かれらは、ひっきりなしに手元のトラックボールをうごかし、文字盤による入力作業をおこなっている。

 団長はわたしたちのすこしあとについて、指令所の風景を見守っている。団長は、ここがわれわれの指令所で、団員のうごきをコントロールしている、という具合に、フロアの役割を説明した。人の平安はここにかかっているということばをわたしは聞いた。

 平安ということばを耳にして、わたしは白塗りの貴族たちのまぼろしを目撃した。

 指令所を出て鐘塔をおりると、中2階のような、宙吊り状態のろうかを歩いた。木製レンガの小窓から、外の景色をのぞくことができる。地底の空洞なので何も見えず、ときどき、水滴の音がひびいた。

 団長は作戦のための部屋にわたしと知人をつれていった。いまから、団の概要説明がはじまるようだ。わたしたちのうしろに、見覚えのない人間、団員とそうでないものも席についた。

 とびらのかたわらに、非人道的な、やさしい笑顔をした団員がいて、座っている。たぶん警察に似た役割をまかされた、重要な人物だろうと感じた。

 団についての説明は、若い団員の娘がおこなった。

 

  53 人の平安を要求すると死ぬ

 前に出た若い操作員は次のとおりしゃべった。この団員はまだ幼くて、皮フのかがやきが残っている。

 いちばん重要なのはよいかわるいかで、それ以外のすべてのものは重要ではない。空気中にあるいっさいのものはよいものか、わるいものか、そうでないものかのどれかである。

 なので、すべてのものをよいものに変える必要がある。

 団長ははじめからよい性質をもった貴重な駒だったので、この、よい性質によって、わるいものと、どうでもいいものと……

   

  54 人の平安を要求すると死ぬ

 どうでもいいものを、ぜんぶひっくりかえしてよいものにする。こうした作用をくりかえすことで、盤上の駒はよいものになり、明黄色と金糸の光をもつようになる。

 団長は、盤の配置について手順をふんで調べた結果、駒のうち9割以上は青でも赤でもない、何の色ももたない、重量のないものだという結論にいたった。

 次に、鋳造されたときにはもう、わるい性質をもっている駒、たとえば不均衡な5角形をもつ香車、桂馬、線のなかでも陰になった部位にたまっている、きたない兵種、そのようなわるい性質のものは、ごくわずかしかない。あまりにすくないので、団長は自分たちとおなじ比率で配置されているにちがいない、と確信した。

 幼い操作員はまくしたてるようにしゃべったので、すべすべした肌がすこし熱をもち、肩を上下させないように、おなかに力を加えた。わたしはこの子はほんとうに必死にやっているとおもい、そのため、自分はこんな風になってしまった、と痛感した。

 団長がかべぎわから立ち上がると、表示が切り替わり、暗闇に浮かびあがるわたしたちの頭部も変色した。団員と、ほかの部外の人びとはつばをのみこんで、ごくり、といっせいに号音がひびきわたった、その後、表示画面の機械音だけが消えなかった。

 団長は正面表示の横に移動するとあいさつした。知人は、団長の顔はよくよく見るとなんとおそろしいのか、と小声でわたしに伝達して、わたしも、2人で顔を寄せて注目した。

 地表の下にとりでがあり、外よりも光量ないので、人も風景もぼんやりしている。とくに団長は背が高いので、これまで表情に気をとめたことがなかった。

 回廊や、指令所では、団長の半身の上のほうは、黒い領域のなかに埋もれてしまって、どんな眼球や口もと、その他の部品をそなえているのかがはっきりしない。容量の大きい、がらんとした寺院の内部にいると、柱の上のほうは影になって見えなくなった。

 わたしはむかし、自発的に僧侶を見にいったときをおもい出していた。

 団長の眼は、固いまぶたの肉におおわれて、瞳孔は小さい、そのため、とかげやイグアナが眠気を振り払おうとしている印象を与える。顔は緊張して、常にまわりを監視していた、かれはどこから短刀をもった若者がかけよってくるか、紙粘土に電気部品を押しこんだものが、そっと置かれていないか、ということに注意を払っていた。

 夢見がちなわたしは、弟とおなじように、団長の顔にふれて、次のような視覚像をつくりだした。

 世の中でもっとも地位の高い衣裳、明黄色の布地から製造した、金の波をあしらった儀式用の服、やわらかい胞子のあつまりを中心にすえた服を、団長がまとっている。

 この人のかたわらに、おもいやりのある顔をした女が立ち、この女を囲むのが、さまざまなすがたをした子供たちだった。夢のなかの団長はゆっくりと両うでをうごかし、おそらくは規則できめられた動作にしたがうと、子供たちは1人ずつ、かれの足元にむかい、ありあまる力によって、紙くずのようにひきちぎられていく。子供たちの断面からは、高低ばらばらのオルゴールの単音が鳴り、かけらはうごかなくなって、団長のブーツは埋もれていく。

 あいさつがおわり、団長は自己紹介をはじめた。表示されたものを読んで、ところどころコメントをつけていった。名前の欄には四角い枠があり、中央に「別示」とある。いまの段階では、こうした規制の中身を知ることはできなかった。

 名前、出身、最終学歴、家族構成、団を設立するまでの経歴、生年月日、以上の項目は「別示」の扱いで、このときわたしと知人が知ることのできたものといえば、通信や呼び出しに用いられる、ミリアムという符号だけだった。

 

[つづく]