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とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 5

聖家族(2012)

  28 れきし

 市の南と北をへだてる河川があり、だいぶ前にコンクリートで補強されてあふれないように対策がとられた。北は弟たちの学校がある区画で、学校と、一部の設備や警察のほかに住民はいない。

 橋をわたると、背の高さまでいっぱいにひしめく大きな城市が広がっている。城市はアリの巣といっしょで日々拡張される。

 わたしたちが北の区画に入るのにまったく制限はない。ただし、行ってもなにもないといわれる。文字だけで理解するより、歩いて風景をみたほうが……。

 姉の文書はここでとぎれていた。

 男が無理やりケーブルを引っこ抜いたせいで、データの復元が最後までいかなかったようだ。

 

  29 小人の巣

 「小人、または自動土偶といわれる種が生息している。北部、橋をわたった先に森があり、小人が巣をつくって生活している。

 わたしが生まれたときには、小人のことばをだれも知らず、市の北部に行くものもほとんどいなかった。

 ある日、夕焼け放送が鳴るまで遊ぼうとおもって川べりにむかった。わたしの仲間はみんなごっこ遊びが好きなので、いつも学校がおわると海賊ごっこをやる」

 これは、校長先生のつくったプリントだとわかった。

 弟は、プリントのたばを読んで、おわったページはくしゃくしゃに丸めてのみこんだ。そのたびに弟の肌はつやをもち、白くてまぶしい光源になった。

 「海賊ごっこの要領については次のとおり。まず負けたものが海軍のスパイかもしくは、規律をやぶった海賊の構成員になる。残りのものは海賊の構成員となる。

 わたしたち、6、7人の子供は舟をかついで川に浮かべた、このころはまだ工事がおこなわれておらず、川べりはでこぼこの岩と、泥でおおわれていた気がする。

 川のほとりから、排水が流れこんで、水は銀や金、青い鉱石風といった、とても複雑な色をもっている。水面がうごくたびに、太陽光を反射した、という景色をおぼえていた」

 

  30 小人の巣

 プリントの内容は次のとおりだった。

 わたしたち海賊は、スパイをつかまえるとボートにのっけて、そのまま突き落とした。これを一巡するまでくりかえした。

 小人たちの城市は低地を切りひらいたところにあり、かれらの特殊な方法でつくりだした素材が用いられている。素材は金属とほかの要素からつくられ、さわるとやわらかいが、心に影響を与える。

 わたしたち、ヒトがこの材質に触れるときは、かならず手袋などをはめた。

 わたしが生徒のとき、知っている範囲でも3人ほどが運びこまれた。川をこえて小人の巣のなかで迷い、肌を直接、素材にさらしてしまったため、精神に異常をきたして、はっきりとしゃべれなくなった。

 どの生徒も、からだのうごかしかたを忘れたので、横たわって回転をつづけた。

 

  31 実習

 わたしの弟は、仲のよい生徒と組になり、実習の授業をうけることになった。組は4人でつくられるので、弟と、1人目と、2人目、3人目はいっしょに学校の外に出ることになる。

 4人は寮でもおなじ部屋に住んでいて、これまでひとことも口をきいたことがない。必要なときは手のひらをつかってやりとりした。

 学校の生徒になったものは、生徒手帳などのかわりに、手のひらに特異な線をもつ文様を書いてもらうことになっている。これは、刺青のように彫りこむのではなく、手のひらを校長の腹のなかにひたすことでからだに信号を与えて、皮フと、筋繊維の内側からへこませるしくみだということだった。

 校長室は、ふだん授業をおこなうたてものから離れた場所、木に囲まれた岩の頂上にある。

 弟たちは、先生につれられて校長先生へのあいさつにむかった。切り立った岩が学校全体を見下ろすように立ちはだかり、これは敷地に入らなければ眼には映らないしかけになっていたが、木の葉と、幹が、ねじれた状態のまま、弟たちの頭上までしなだれかかっていた。

 その日はよく晴れて、太陽がよく見えたが岩の裏に隠れてしまった。弟は、石の階段をいくつのぼったか、心のなかで数えた。ここが校長先生のいる堂で、岩の上にある、と説明をうけた。

 頂上近くに、うっすらと雲をまとった岩を見上げたとき、わたしの弟は次のような風景を連想した。

 岩のあちこちに、鉄でできた煙突がささっていて、かなりぞんざいな工事をされたのか、口が空をむいているものや、地面をむいているもの、水平に、岩をかすめるように伸びているものもある。煙突からはそれぞれ独自の濃度をもった白黒の煙がもくもくと吐き出され、昼の光と交差すると反射光を生んだ。その光の点滅が星に似ているので、弟はふしぎと眠くなった。

みんなの大好きな歌の、はじめの1小節、音符いくつ分……。

 

  32 校長室

 ……みんなの大好きな歌の、はじめの1小節だけをくりかえし歌いながら、音程はみんなばらばらで、腐ったほ乳類みたいな効果しかうみださない。

 みんな、岩のへりや、枝にしがみついて、てっぺんにたどりつこうとするが力尽きて、ぼろぼろとはがれ落ちていった。

 弟は想像上の風景に注目していた、するとうしろから肩をたたかれて、ふりむくと1人目がいる。

 みんなもう進んでいるといわれ、弟と1人目は列についていった。岩をくりぬいてエレベーターをつくっているようで、足場が組んであり、とびの作業員たちがうごきまわっていた。

 先生は石の階段をのぼりはじめたが、生徒たちはその場で停止した。先生はうしろ歩きで段をとびまわって、はずみをつけすぎていなくなった。

 校長先生は、長いあいだ研究をつづけたため、からだが液状化して、このときは銀の水盤におさめられていた。

 わたしの弟と1人目、2人目、3人目の生徒は、手をひたして、しるしをつけてもらったあと、校長先生はもっとどろどろしているか、どうぶつ性の不純物が沈んでいるのかとおもったが、まったくちがった、銀の水盤の底がよく見えて、室の内部にさしこむ、日の光も、底まで届いているのを発見して、この純水のなかにどんな器官が入っているのだろうか。

 わたしの弟たちは、おたがいに手のひらをあわせて、ふしぎだ、ふしぎだ、と同意した。

 堂のつくりは、装飾や様式は宋代のものをまねたものだが、大きな枠組は竪穴式住居で、門をくぐったときにうっかり足を踏みはずすと地面に墜落する。

 先生が堂の入り口で人数を確認した。対になった、きれいな眼球と、白くて薄い皮フが、規則正しく配置されて、こちらをじっと見ている。

 

  33 実習

 正門から、実習場まではバスで移動することができて、わたしの弟と3人の生徒はいっしょに窓側の席をとった。

 かれらは安全のために、手袋とスコップをもって、ほかに昼ごはんを配られた。

 実習に参加する生徒たちは、みんな次のような衣裳を身につけた。髪は、この学校のきまりでは一定の長さを保つように定められているので、前髪は切りそろえられ、残りは耳を隠すくらいがよい、と言われた。濃い青の、幅の広い中山服を全員が着て、青銅のサンダルをはいた。

 子供たちは足の筋肉が人よりも強かった、かれらが石ころや缶をけとばすと、きりもみ回転にともなって空気の移動をひきおこし、まわりのものは破損した。

 サンダルにからみつかれた、うっすらと血の通った皮フと、白い、表面のつやつやした光、小動物じみたやわらかい肉の繊維といった一連の構成物が目をひいた。

 青い中山服の生徒たちを眺めると、わたしの弟はこのなかでも特に無邪気なようすだと感じるが、意識が覚醒するまで青い服のかべ、ゆっくりとかたちの変化する南洋諸島の波のなかにいた。

 わたしの弟たちはスコップをバスの腹にまとめて収納した。運転手がドアを閉めて、正門からふもとへつづく道路を下っていった。生徒たちはみな無言で、窓ガラスにほっぺたを押しつけて風景に見入っている。

 坂の崖がわは、ひまわりでさえぎられているので、山のふもと、盆地に広がる巣はあまりよく見えなかった。

 ひまわりは一年をとおして花を咲かせており、夏になると花の部位は自分の茎や葉をたべてしまう。なので、夏の日中には、球体のかたちをもったひまわり花が、地面をほりかえして、旋回しながらとなりのひまわりをバリバリとなぎたおすようすを観察することができる。

 いまは、弟たちにとって、ひまわりはどうでもよかった。

 バスは小人の巣のへりで停車して、先生が助手席を立ってこちらに向き直り、背をかがめると降りるように指示をだした。生徒たちはあわただしくバスから出た。

 先生について、わたしの弟は何度か手紙で話をしてくれた。先生のことはだれもよく知らない、一度も自己紹介をしなかった、髪の毛がなくて、いつも室町時代の貴族の衣裳をまとっている。かれは服飾にとてもこだわりがあり、話しことばも、先生から配られるプリントの文字も、ぜんぶ歴史的なものだった。

 弟やその友達が、いつもみたいに両手のひらをつなぎあわせて意見を交換したとき、あの先生の言っていることの8割は理解できない、という結論にいたった。

 わたしの弟が卒業してから、先生は事故で死んだが、わたしは、偶然このことを知った。

 

  34 人の平安を要求すると死ぬ

 男は、いいえ、わたしの弟は、官僚になってからも、たまに姉と顔をあわせるときがある。

 あいかわらず、弟のポストには姉からの文書や封筒、あまりよくない、みにくい感情を結晶にした郵便物がとどけられる。

 朝、目が覚めると弟は窓の前に立って、ガラスに接着されたダンボールをベリベリとはがして、高層建築の下を点検する。

 数百メートル下に、弟の号室のポストがある。ポストは郵便物のかたまりに埋もれて、直接目にすることができなかった。はがきや小包、封筒は毎日すこしずつ増えていくが、あまり時間がないので、弟は自分の間隔で読むことにしていた。

 わたしの弟は、自分の部屋にもどるときに、紙の山から適当に郵便物を手にとってもちかえった。

 姉は子供のときから弟より強くて、言うことをきかないと腕を叩かれた。

 数日前、姉の使いがやってきて、かれの部屋のドアにどうぶつのはく製を設置していった。口をあけた、勇気あるクマの生首がエンブレムから突き出して、弟が労働をおわってもどってくるまでに、完全にうごかなくなった。

 弟はクマの毛皮をつかんで、はがそうとした。金具のこわれる音がして、ドアごとはずれてしまい、いきおいが止まらずに、高層階のろうかから投げ出された。くまの頭部が、ちょうどグライダーの操縦手になり、ひらひらと墜落していくのがわかった。

姉の攻撃は、このように断続的におこなわれた。

 

  35 人の平安を要求すると死ぬ

 姉の小包はサイコロをたくさん入れて、数を示す点のかわりに文字が刻印されている。小さなサイコロを、ふくろがはちきれそうになるまでつめこんでいて、お菓子のふくろを連想した。

 わたしの弟は器のなかにサイコロをあけて、ひとにぎりつかむとベッドの上に投げた。5個か6個のサイコロが目をだすと、「地下室の奥(に)」という文字のならびが出た。弟は、姉の連絡のつづきを読むために、サイコロをすくって投げる、という運動をくりかえした。

 内容は次のとおりだった。

 地下室の奥にすでに退職した役人がいて、かれは年金をうけとって生活している。この人の話をきく機会があったのは、わたしが義務教育と高校をおわらせて、専門学校に入ったためだという気がした。

 高校を出ると、就職先を見つけるまでの待機のために、文字を書く作業や数をかぞえる作業を習う学校に入った。たいていの人はこの学校をほとんど意味のないものとおもっていて、そのせいか、わたしが入学したときにはまだ校舎ができていなかった。

 電話で質問したところ、養豚場の畜舎を買い取って、学校の教室や事務室をつくるはずだったが、うまくいってない、ときかされた。わたしが電話した相手は、学校を経営する集団の人らしく、声だけで精神に異常をきたしていることがうかがえる。

 わたしにたいして、きいてもいないのに、自分の脳みそのうごきを説明してくれた。いわく、わたしはあたまの回転がおそい、しかし頭の回転とはなんだろうかとおもった。

 わたしは自分の身のまわりのことからしか、ほかの遠いものをおもいつかない。冬、晴れていてさむい日に、わたしは弟とならんで歩いている。

 電話をかけているときに、脳みそのことばをおもいだしていたが、すぐに消えた。

 電話の相手の話がつづいて、いわく、脳は、地球とおなじ速度で回転しているはずだ。脳みそは自身の回転をもっておらず、あたまの骨のなかで、宙に浮いたまま回っているわけではない。

 相手は、専門学校の校舎の取得がうまくいかないことから、心身に変調をきたしていた。

 わたしは入学金と学費について、はじめにきいていたより多くとられていることに気がついて、問い合わせた。しかし、相手のひとりごとはおわらない。

 都心から電車にのって1時間ほど左の方角に進むと、緑色の田舎町がある。ここに養豚場があり、施設全体を売りに出そうとしていた。

 わたしたちの集団は、この学校をひらこうとしており、養豚場の敷地を改造できないかということになった。わたしは養豚場の柵、ツル、ツタのからみついた鉄条網をくぐりぬけると、管理人室にむかった。

 管理人からかぎのたばを受け取って、施設を見回ることにした。わたしは、と、電話の向こうの人物は話をつづけた。わたしはもうあいづちを打つのをやめて、ヘッドセットを置いて別のことをしている。

 わたしは、空気の中を歩くにつれて、子供のすがたからゆっくりとチリほこりがついていって、大気中にふくまれる毒や、殺人胞子、その他のとくに意味をもたない粒子が、わたしの表皮には付着してしまった。だからこういうすがたになったとおもう。

 たまに散歩すると、わたしが子供のすがたにもどっている。きれいな変身、わたしのおなかがひらいてなかから男の子が出現したので、わたしのかわりにこの子が施設を探索した。わたしの、皮フだけのたわんだ、ふくろ状の自分は、ぺたぺたとはだしで立ち去っていく男の子のうしろすがたを観察して、しかしわたしの幼いころはこんな外面ではなかった、とふしぎにおもった。

 むかしのすがたがそのままでてきたものとはまた異なるようだ。

 

  36 人の平安を要求すると死ぬ

 電話の相手は子供の姿になり、みたままきいたままを報告することができるようになった、かれは偵察の能力を与えられた。

子供は鉄条網の波が連続的に押し寄せてくるのを感じた。子供は地面にむけて倒れ掛かってくる鉄柵をよじのぼっては、次の波にとびうつった。

 地面がめちゃくちゃに掘りかえされたので、種まきをまつ耕作地にみえた。養豚場には、豚を収容しておく畜舎、飼料を集めておくための倉庫の地区、作業員の住んでいたバラック小屋、豚が運動するためのトレーニング設備、おなじように、作業員と豚の脱走したものをつかまえて監視し、やるときまっていることをやる建造物、養豚場の警備の人びと、そういうものが男の子の視界に映った。

 すでに男の子は本来の人物の手をはなれて、ひとつの意味のないまぼろしに変化している。男の子は看板にしたがって畜舎にむかった。

 柵と道にそって、針葉樹林が植えてあり、うっすら霧のかかったむこうに太陽がみえて、光線が葉の先端部にさしこんで反射した。林道の先に、ぼんやりと畜舎の陰がみえた。

 男の子が近づくと、1番近い畜舎の、巨大な四角ブロックが白い靄のなかから出現し、そのうしろから、2号棟、3号棟……と建造物が連なっていくのを認識した。

 光の加減によるものだろうか、とかれはおもい、眼球に映るものはぜんぶ白と黒であらわされるようになった。そのとき、男の子のからだと足跡も単色に塗られた。

 畜舎の正面で、かれは豚の幽霊を呼んだ。そのあたりで、豚の幽霊がやることもなさそうにうろついている。幽霊は不安定な材質をもっていて、豚のおもかげはどこにもない。子供、男の子は、そもそもこの建築物で養殖したのは豚だったのだろうか、とうたがいをいだく。

 

[つづく]