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とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 4

  15 きのこ狩り

 きのこの分類の仕事をまかされたがわたしも、わたしの知人(顔も名前も忘れた)も、かたくなにことわった。

 小人の父親は、腕まくりをして、きのこの分類はこうやるんだ、と示そうとした、そのとき、わたしの知人の手のひらが眼球をふさいで、なにもみえなくなり、どういうつもりかきいた。

 知人は、きのこのより分けは、肺や脳みそによくないから深入りしないほうがいい、と言った。手できのこの屍骸をまさぐるたびに胞子がまいあがり、毒の成分が人間の管をとおって肺や脳みそまで達する。

 赤銅の色をもち、磨かずに何十年も塩にさらしておいたような、気味のわるい陰影をもつきのこの表面がベコベコとへこんだりふくらんだりして、小人の父親の頭上めがけてねじまがった。

 おお、とどよめきがおこり、ただし小人の声なのでわたしたちの耳には届かないが、父親のうち数人がきのこの構成部分に押しつぶされて、手や肋骨がとびちった。きのこは不安定な四角柱のすがたを保ったまま、電源ケーブルのようにしなり、無作為に小人の父親をなぎ払っている。

 重量があるため、土埃が吹きあがり、小人の胴体は分解されて四方に飛んでいった。

 父親のなかで助かったものは区画を離れると、生物庁の地方局に通報してわたしたちの家にかえってきた。

 わたしの父親の仕事を紹介する作文はまだつづいた。いま話したのは仕事場の選定がうまくいかなかった場合だそうだ。

 土の成分や、気温、風向きや色がある条件をみたすと、きのこは人肉食の性格をもつ。

 小人の父親たちはしばしば、このどうぶつ的なキノコと接して人数を減らしている。いつか小人の父親たちはいなくなるだろう。

 犬小屋には採取するための道具がまとめて置いてあり、雇いの人間にそうじや点検をしてもらう。

 きのこは食べるとおなかをこわして死ぬので料理にはつかえないが、ほかにどういう用途があるかはわからない。わたしは小人の父親に質問したが無視された。

 ここで休み時間になり、授業参観の2フェイズがおわった。  

  

  16 眼球のうごき

 わたしの家には、現在、およそ数万人の家族がいて、日によって細かく変動しているようだ。家屋のつくりは変わらないので、ひんぱんに床が抜け、圧力がかかってかべが割れ、家族の構成員が水道管みたいに噴出すことがある。

 わたしの家族そのものは父親と母親と弟しかいない。弟の原型は山の上の学校にいるがそうでないものはいくつでもでてくる。

 家族のすがたは同じ家で育つ、もしくは同じ血をもっていてもそれぞれ差があり、定まった体積や体重をもたなかった。

 わたしの別の父親は人の影や死角に隠れることが好きで、ぜったいに手でふれられるところにはいない。

 わたしが家の中のなにもないところ、かべと天井のさかい、押し寄せる家族に注目すると、この父親がオレンジ色の線の状態で眼に映りこむ。この、よくしゃべる、オレンジの線の父親が教えてくれたのは、この人は家のなかではなく眼球にすんでいるということだった。

 オレンジの線の父親は家族の視界にだけあらわれて、声はいつでも出すことができる。かれは……。

 ここで休み時間になり、授業参観の3フェイズがおわった。

    

  17

「ほとんどの若者は海に近寄らないようにして、どうにか海の仕事から逃げたいとおもっている。陸の上には墓しかないのでほとんどやることがなかった。男の子の家は、ほかの部族と同じように」

 男が受け取ったファイルはここで切れていた。

    

  18

「姉は入学式をおわらせて家に戻った。弟の学校から2本の矢がとんできて、自宅のかべにささった。

 授業参観の途中、ふと教室のうしろがさわがしくなって、姉がふりむくと母親たちがかけつけていた。娘の姿をみるために階段をおりてきたという。母親はすべて灰色の肌をしていて、くもりの日に空から降下してきたとき」

 男が受け取ったファイルはここで切れていた。そうかとおもうと、裏につづきがあった。内容は以下のとおり。

 ……したとき、肉眼では探知することができなかった。

 姉の母親たちは頭部を地上にたいして垂直にむけてふりそそいだ。1人、1人の胴体が、鍾乳洞じみた音を発したので、犬や猫がそわそわしている。姉は、きょうはわたしたちもいくから、という言葉を母親からきいていた。

 コンソールには、流星群となって、長いベクトルのたばになって学校に近づく母親たちのうごきが表示される。

 男は操作員の肩越しに黒背景の画面を確認して、ヘッドセットをとった。これはスポンジとくだものの皮からできていて、どこにもつながっておらず、本体もなかった。

 男は作戦室をでて、別の作業員に、班長がどこにいるかたずねた。わからないといわれ、男は小走りで庁舎の北側に向かうことにした。

 天をつくような鐘塔があり、班長はよく窓から身を乗り出して気分転換をすることがある。

 男はどこにもいかなかった。

 姉は自分が来るのでなく、使いのものをよこした。男が路地裏にさしかかるころ、赤い服を着た有色人種で、肌は迷彩に塗られた人物が目の前に出現した。

    

  19 波の音

 男の子ともう1人のつきそいは町にたどりついた。あたらしい国道ができてからさびれて、建造物のかべはぜんぶはがれ落ちている。

 コンクリートの未消化部位と、金属だけになった。

 つきそいはだいぶ前からほとんど口をきかなくなり、男の子が声をかけたところ、力がなくなりかけているとこたえた。男の子は、じゃあ、変えてくれとたのまれた、つづいて男の子が、つきそいの背中、かれはコンクリートのかたまりに腰かけていたが、背中にまわると肩甲骨の右側を指でつかんだ。

 ばりっ、カチリと皮フの裂けるようすと同時に操作盤がうごきだした。肩甲骨をめくった奥深くには、りんごの皮をつぎあわせたパネルがはめこまれているが、そのパネルにはすべておなじつくりをもった文様が印刷されている。

 古い図書館に行くと、大きなホールが広がり、すり鉢状の内部に、図書が正しい方向でならんでいる。だれかがホールの1階に立ったとき、ためしに上に注目すると、吹き抜けがどこまでも続くような錯覚におちいってしまう。

 かれは階層をつらぬく天窓の光が常に遠ざかっていると勘違いするが、実際は3階だての大学図書館だった。

 ここは、むかし炭坑があったので改造して本をためこむようにした、とだれかが司書からきいた。司書ではなく非常勤のおばさんだった。

 フロアの中央に楕円形の大穴があり、暗い、かびのにおいがするカーペットが穴のふちから闇にむかって沈んでいる。

 地下数キロメートルまで掘りかえされた穴のなかに無数のふくろが吊り下げられ、図書がしまってあった。だれかが強化はしごをつたって奥深くにもぐった。

 本の表紙に文様をぬいつけたことがわかった。男の子はページをめくったときにつきそいの人間の肩甲骨をとりはずすうごき、うでと指の力加減を連想した。いろいろとやってみたがうまくいかず、つきそいは歩行能力を失った。

 波の音をきくたびに、雲と霧をまぶされた家並みをおもいだす。

 家のてっぺんは地理地形にしたがってなだらかにひきのばされて、窓からは排煙がふきだして空をつきさした。

 人間の耳は波の音をきくと異常な信号を発し、おなかが痛くなった。

 夜、客でいっぱいの部屋、もてなしの気持ちをあらわし、客を退屈させないために古タイヤを燃やして毒の煙をはきだしているにぎやかな部屋をでた。

 部屋にこもる熱気と、人の群、高温のガス雲から浮かんだ客の顔面の多さにうんざりして、甲板にむかった。

 波の音は石と石がぶつかりあい、こすれる音からつくられる。なので、それを打ち消すような声をだせばきこえなくなる。とくに海岸沿いに住む人びとは波をきらっており、どの家も消音装置をそなえている。

    

  20 波の音

 市場では炭化した人間の胴体がたばになって売られている。手足をとりのぞいて、口を大きくあけてピンで固定した状態で、表面ははがれ落ちないように青灰色の防護液でスプレーしてある。

 たいてい、市場にならんでいるようなものは一般家庭向けなので、長持ちはしない。ひとつ買って、くるまにのせてもってかえり、家の屋根にとりつける。

 このようすは風見鶏か煙突に似ているとおもった。

 消音装置は口を大開にした胸像じみていて、腹部の切断面にバッテリーを格納する部分がある。この力で、人体のつくりを利用して異常な音声信号を発射することで、海の音、さざなみを打ち消すことができる。

 海沿いの町はいまでも前世紀の景観を保存しているところが多いため、幹線をぬければ、暗い森を切りひらいてできた泥石製の、つぶれたような家並みを眺めることができる。

 家はでたらめにたっているが、家と家をむすぶ細い道、すべて合成金属のパネルをしいたものは、集落のあらゆる建造物へ一直線でたどりつけるように設計されている。

 海沿いの人びとは分岐路、分かれ道をきらって、十字路やY字路にさしかかろうものなら気分を害してその場にしゃがみこんでしまう。

 からまった毛玉のように道が広がり、家のてっぺんには、なめらかな面をもつ消音装置が天をむいている。ひとつひとつ、からだや頭部の諸元はばらばらだった。

 民家の屋根や、鐘塔にのぼって装置の森を眺めるのがわたしの弟は好きだった。

 消音装置が作動すると、間隔をおいて、炭化した口、ぼろぼろの歯の奥から絶叫がひびき、耳をすますことで、無作為にえらばれた数字のならびを叫んで、読み上げているのがわかる。

  

  21 波の音

 消音装置の発する音声は人間にとっては耳ざわりだから、海沿いの人びとの耳は退化の兆候をみせている。

 はじめて海の領域にやってきた人は、集落全体から空気のねじれが生じているような印象をうける。おかげで部外者は、どろぼうや脱獄者もふくめて、ほとんど立ち入ることがなかった。

 男の子は、自分より背の高い草をかきわけて海岸にむかった。足元には、月の照明で青く変色した土があり、上をみると、つるぎ状の葉の奥に、月の円が浮いていて、格子のあいだから見えたり隠れたりしている。

 草の種類はわからなかった。

 茎が折れる音がして、そのなかに液体がとおっているのを発見した。草と歯、腰骨がこすれて、しなだれる音をきいているうちに男の子は眠くなり、はっと気がつくと手とうでの輪が天から降りてきてつかまれた。男の子はすぐに連行された。

  

  22 架空の子供の学校

 わたしの弟の学校は、きめられた教育をおこなうほかに、特色がある。基本になる学科についても、国内でもかなり高い水準にあるらしいが、それだけではない、と知らない人から説明をうけた。

 各番地に1人か2人の割合であたまのおかしい人がいて、きいてもいないことをペラペラとしゃべる。

 たちの悪い個体はあからさまに無視すると、自分の話に賛同しているとおもいこんで勝手にどうぶつ狩りにつれていったりする。

 かれは父親の肺のうえで苦行を重ねた。

 この人はわたしがブロック塀のあいだを前進するのにともなって、どこまでもついてきた。道の幅がせまくなってくる、もう馬車も戦車も進入できなくなった、という地点、ブロック塀どうしがくっつきかけ、カニ歩きですり抜けなければいけない段階になっても、ひたすら自分の話をつづけている。

 弟は学校につくとすぐに、自分たちの寮に案内された。

 プールにつながる花壇の道を、ジャンバーの男が突っ切った。弟と、室町時代の甲冑をまとった用務員の前を、曲刀を握りしめた男が横切った。校舎の方向、森を抜けた先から、どよめきと、神々しい絶叫がきこえた。

  

  23 1時間目

 男は姉から送られてきた紙のきれはしを読みあげた。

 はじめに、学校で生活するためのきまりを説明する。この学校にはさまざまな施設があり、危険がないように、また、備品がこわれたりしないように、使い方や約束を守らなければならない。

  

  24 写真

 1枚目を取り出すと、部屋の照明が切れかけていて、はっきりは映らないが、四角い紙のなかに、次のような図像があらわれた。

 からだをほぼ直角におりまげて、写真に見入っているあいだ、店主はだれもきいていない説明をつづけた。

 写真の枠は正常のものよりも幅があり、像の映っている部分、中央からひろがる矩形よりも、場所を多めにとっている。

 男は視力が悪いので、校庭で鉄の骨組にしがみついて、はしゃいでいるときに、墜落する前から、自分の目玉はいつもかすんでいると感じた。焦点をあわせると、写真のなかの図像は移動をくりかえして、枠、テーブルの表面がみえがちだった。

 枠には左と右をさかさまにした文字のならびが刻印されている。黙ったまま読もうとしたが、店主の説明がはじまった。

 便所のにおいのする犬が、消火栓の容器のなかにいる。店主は飼い犬を指差して、どけ、というと、消火栓のやわらかい布製ホースの中に入り、すぐにいなくなった。

 男はかえりに店に寄って、以上のようなできごとを経験した。

   

  25 1時間目

 時間割表が教室のなかの正面、黒板があり、その脇に緑色の掲示板がある。表は1週間の予定を示している。

 わたしの弟は、仲良くなった生徒といっしょに教室のとびらをくぐった。弟は中央にいて、その右側に2人、左側に1人、生徒が横にならんで教室に入ろうとしたがそれがまちがいだった。

 4人が横ならびの隊形のまま、とびらをぬけようとしたので、両端の生徒がはさまった。スポン、スポンと、植物繊維がいっきに切れる音がひびいた。右はじと左はじにいた生徒のからだが左右に分割されて、いきおいよく風が吹いた。

 わたしの弟は皮フに風を受けて、すこし生温かいとおもった。2分割された生徒のからだはすぐにスポンジ状になり、ろうかにはじきだされ、向かいの窓にぶつかった。

 重さがないのでガラスがわずかにたわんだだけですんだ。スポンジが細かいかけらにちぎれると、用務員の娘たち、利発そうな顔立ちの、幼い娘たちはスポンジのかけらの上にしゃがみこんで、スプレーを吹き付けていく。

 これは弟のおもいでのなかでおこったことのようだった。弟は、わたしの弟と同じ日に生まれたあらゆることばをおぼえている。

 教室のなかでしゃべっていた生徒たちは、一瞬だけ静まりかえると、ゴミを見るような目つきで入り口に注目した。そのあと、またおしゃべりを再開した。

 時間割は1日を数千のマスに分割し、各マスに科目名を表示する。学校はとてもあたまのいい人たちが入ってくるので、たくさん勉強する必要がある。

 各科目は材質の異なる四角片であらわされているため、離れて眺めるとモザイク文様のような印象をうける。

 わたしの弟は席について授業がはじまるのを待つ。わたしの学校とちがい、机は4列とか5列で配置されていない、ひとつの机の上に、もうひとつ机を重ねて、さらにその上に机を重ねる、というふうに、ブロックの塔になるような配置ときめられている。

 1クラスには25人いるから25個の机がそびえ立っていた。

 机の配置にあわせて、黒板も、たて長のかたちのようだ。

  

  26

 電気がつくと、棒状の蛍光灯で剣術ごっこをしていた生徒はいなくなった。

まだ若い教師がきて、授業がはじまった。教師はこれを勉強して質問事項があればききにくるように、と言って、プリントのたばを配った。

 教師はすぐにいなくなって、電気も消されてしまった。

 プリントには次のような説明が書いてある。

  

  27 れきし

 老人は通風孔から頭部をだして、ふたたび出現した。何度でもいう、このはめ格子をはずすには複雑なねじれをもったボルトが必要だ。

 子供たち、生徒は手元のリンゴをつかむと、老人のほほえみめがけて投げつけた。老人の顔面は衝撃で変形し、それだけではすまない、ある時点から回転をはじめ、視覚には映らない気流を発生させた。

 わたしの弟は教室のまんなかあたり、ワックスをかけた床から4メートルほど高いところに座ったまま気流をあびる

 弟の白いおでこに空気がぶつかり、黒い前髪が反発して、きれいな眼球をゆっくりながめることができる。弟は気流の効果によって自分が老化したときのおもいでをうけとった。

 手続き、どんなおもいでの貸し借りにもきめられた手続きがある。

 わたしの弟を手にとってみると、皮フはやわらかくて、からだつきは整然とした文字のならびを、指でなぞりつつ唱えているような感じがする。

 老化ははげしいうごきだとおもった。弟は自分の構成物が腐り落ちて、脳みそと時間はそれぞれ格納庫から目減りしていき、いま、弟がそなえているような、きれいな声は失われて、のこぎりかカンナじみた、どす黒い音波しか出すことができない。

 自分でもくだらないとおもう、聞き飽きたことばをおいしそうにほおばるようすが、京都の宮殿の風景を連想させた。

 

[つづく]