とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 3

  

 わたしは紙のたばを1枚ずつ読んで、作業で役に立つように資料をつくった。休みの日は血が出るまで端末をうごかした。

 ひとまず資料は仕上がった、中身は以下のとおり。

 男の子は人間をあつかう業者にやとわれることになった。代表は本部にいて、本部は……にある。

 雨がやむと、男の子は穴ぐらのなかから顔をだして、様子をうかがった。灰色の、ざらざらした石のかたまりを背負う男の集団が、坂道をのぼってくる。男たちの足はひざまで埋もれて、雨でやわらかくなった土をかきまわしていた。

 泥水がまわりにとんで、絹のカーテンにしみがついた。遠くの丘から双眼鏡でのぞきこむもの、車両の屋根にのぼって、様子をうかがうものから身を隠すために、カーテンが道をすっぽりとおおっている。

 男の子は穴から出た。

 うしろに技官がいた。技官は、わたしはボイラーを担当していたがくびになった、と一方的に話してきたので、男の子は無視した。

 技官と男の子は2人前後にならんで国道を歩き、昼をすぎると日差しは強くなり、皮フから汗が出た。

 技官が立ちどまり、手で合図して、2人はわきの木陰にひそんだ。前方にパトカーが数台停まっている。車体の下、タイヤのすきまや、バンパーと土のすきまから、警察職員たちがあらわれた。

 男の子は事故がおこったのかどうか、技官にたずねてみたが、わからないといわれた。巻き添えにならないよう、しばらく観察するべきだということになった。

 警察職員たちは無線で連絡をとっている。パトカーの壁のむこうには、汚らしい衣裳をまとった男たちが立っており、警察職員に向きあって、大声で叫んだり、つばを吐いたりしている。

 男たちの表情はけものじみて、いまにも腰の刀に手をかけそうだった。

 技官は、あれはどこかの浪人が尋問をうけていると説明した。パトカーの横ばらには、「……県警」と印字されている。

 木の根元がちょうど陰になっていたので、2人はからだを冷ますことができた。技官が缶コーヒーをだしてくれたので男の子は飲んだ。

 浪人たちは納得したらしく、刀を警察職員にわたすと、パトカーのボンネットにとびのり、逆立ちし、腕をゆっくり湾曲させて、頭のてっぺんを車体につけた。かれらが逆立ちしたまま安定すると、警察職員は這いつくばって車体の下にもぐりこみ、車を発進させた。

 技官と男の子はほとんど口をきかずに、国道を歩いた。青いおにぎりを逆さまにした標識に数字が書かれており、男の子は通りすぎるたびにその数を読みあげた。男の子の声だけがあたりにひびいて、たまに鳥類が飛び立った。

 国道はこのあたりからけわしくなり、2人は念のためにくつひもをむすびなおし、水分をとった。道の屈折がはげしくなり、枯枝のむこうからあらわれる道路が、幾何学図形のように、ぎこちなく屈曲をはじめる。

 段差も多くなり、男の子の身長では越えられないような断面が多くなると、技官が先に段差を上って、男の子をひっぱりあげた。

 せりあがった土地の上までたどりつくと、2人は休憩した。

 どうしてこんなに歩きにくいのかきいたところ、技官は、新しい国道ができてから道が整備されなくなった、と答えた。とくに、県のさかい目はどちらも金を出すのをいやがるから、すぐに荒れてしまう。

 男の子が見下ろすと道路はひどい状態で、中央分離帯が自然にひろがって、車線の片方は地面と垂直の状態を維持している。白線はある場所では10本、20本と増えて、ガードレールは今現在もくねくねとうごいて、金属のきしむ、薄気味悪い音をたてていた。

 国土交通省の黄色い車が頻繁に行き来していたが、何度見ても正面のフロントガラスとヘッドライトしか目に映らなかった。

 技官はかしらを上にむけると、指をさして新しい国道をしめした。太陽が沈みはじめて、赤むらさき色の太陽の円盤がじりじりと熱を放射している。大気がこれにともなって変色し、すべての陸上のものもカビだしているように感じた。

 太陽のそばを、1本の黒い線が通っていて、地平線の端から端までつづいている。……県と……都をむすぶ新しい国道で、だいぶ高いところにつくられていた。

 男の子はかばんから双眼鏡をとりだすと、黒い線に焦点をあてた。線はベルトコンベアのようにたえず流れていて、クレーンのようなものがぶらさがっている。クレーンの先に、ひとのからだが吊り下げられ、風にゆれながら高速移動している。人の頭部は、クレーンの先にあるヘルメット状の装置によって固定されていた。

 首から吊り下げられた国道利用者たちが高速で流れていくのをみて、出荷場もこんな風景だろうかとおもった。

 男の子はおなかがすいて、いわしを首からつっこんでだんごにする機械をおもいだした。魚のにおいが恋しくなった。

 技官は、新しい国道は料金がとても高い、と言った。わたしが死ぬまでに、10回も利用できないだろう、と言って、指の関節をひとつひとつ折りまげて確認している」

 眠くなってきたので机を片づけた後わたしは寝た。

  

  10

 わたしが班の部屋に入ったとき、班長はすでに出勤して、首ブリッジに取り組んでいた。班長の机のわきには空間があり、青いマットが広げられている。靴はきれいにならべて置いてあった。

 班長はシャツとズボンの姿になり、からだの表面から汗を分泌し、マットにぽたぽたと落ちた。

 わたしは自分の席にすわると端末を起動した。その日は空調機の修理のために業者が立ち入りすることになっていた。もちもの係がわたしに尋ねるので、班長のかわりに自分が出るとこたえた。

 午後になっても班長は首ブリッジをつづけていた。班長の首は血液が集中して、青黒くなっている。上着はイスにかけてあり、すぐれた筋肉をもつものにあたえられる記章が光っている。

 班長は、低いうなり声をとまることなく出しているので、いつ呼吸しているのか、とみな首をかしげた。

 朝のあいさつや、旗がおりる前のあいさつのとき、班長はだいたい、自分のおもいでをしゃべった。

「常にからだをきたえて、どんな敵がおそってきてもすぐに反応できるようにこころがけている。どんなに作業ができても、強盗や悪党におそわれたら死ぬ。ひとのからだは、丈夫さがたりないと壊される。まず筋肉をつけていざとなったら相手をくびり殺せるようでないと、はたらくことができない。

 我が国は、さまざまな技をつくってきたので、どうぶつや黴菌がこの司令部にはいりこんでくる、または、野菜が急に腐って毒をもつということはほとんどない。

 だから敵がおそってこない、などということはない。

 弱くなった足で歩いていると足が折れて肺につきささって死ぬ。

 ちょうどひと月前、この隊のフロアの一角で職員のひとりが殺された、この人間は、関係のないものが施設にいることはない、と気を抜いていたようだが、それがまちがいだった。

 休憩室の東のはし、砂の石でつくられた仏の頭がつみあげてあるところで、その職員は、昼ごはんを食べている。植え込みのなかにベンチがあり、そのお気に入りのベンチに座るために、赤や青の、きれいな花を踏みつぶしていく。

 花の顔にあたる部分だけをちぎってとばすのではなく、根っこから革靴の先で掘り返して、化学的な素材の、なめらかな壁にぶつけたということだ。

 かれが横に目をやったとき、ひとの背丈ほどの仏頭があり、白目をむいた顔だったが、その裏から馬車が出てきた。馬が急にとまったので、ひかれていた幌つき車は横転した。車の下から、顔から血を流す女と娘が出てきて、2人でほふく前進をしてこちらに近づいてきた。

 2人とも、西洋の衣裳を着ており、自分たちの肖像写真をつくりにいくところだった。

 職員が風景を観察しているあいだに、馬は首をはねられて地面に横たわっていた。馬車をかこむように、3人の男があらわれた。男たちは屈強で、古い防寒服を着ている。

 かれらの顔は斧か棍棒に似ているという印象をうけた。男たちはうつぶせになった女たちに近寄ると、手持ちの刃物をくりかえし振りおろした。

 女は、わたしを助けてくれ、と男たちにむかって絶叫した。

 職員はごはんをふくろにしまうと、見つからないようにこっそり逃げ出そうとした。すでにからだを切断されていた娘が、けいれんしながら手をあげると、職員の背中をしめして、声をあげた。

 3人の男のうち、落ちくぼんだ眼球をもったものが職員に駆け寄って、そのまま刃物が職員の口のなかに入った。

 様子がおかしいことに気がついた警備員は、すぐに警衛所に知らせ、警備が増員され、たてもののいっさいの出入りが禁止された

 班長の話がおわり、職員たちは作業にもどった。

 シャワーから出てくるのにあわせて、わたしはいくつかの用紙をもっていき、印鑑を押してもらった。1人、また1人と家に帰るのを視界の端でうかがいながら、わたしはかばんをもって班を出た。

    

  11

 朝、目が覚めると下の階にだれかきていることに気がついた。姉の部屋は階段のすぐそばにあるので、1階で音がすれば、すぐわかるようになっていた。

 姉はベッドから落ちると、床をはって窓まで進み、カーテンとサッシのすきまから玄関を見た。なにか、黒や茶色のものが、無数に家の敷地に置かれている。眼球がぼやけているので、巨大な虫がわきだして、行列をつくっているのかとおもったらそうではなかった。

 玄関におさまりきらなくなった靴が、家をはみだして門や庭、正面の道路にまで並べられている。姉は頭を低くしたまま服を着ると、あおむけのまま、できる範囲でからだの柔軟性を高くした。

 靴下をはいて、音をたてないように階段を下りていくと、地面に近くなるにつれて食糧のにおいがただよいはじめた。

 父親と母親が眼にはいった。どちらも数が増えていて、リビングと台所はごったがえしていた。かれらはぎゅうぎゅうにおしこめられていて、うごくことができない。

 階段に押し出された父親たちと母親たちが、手を床についてつっぱりながら、低い声をだしつづけている。

 顔を白く塗り、髪をクローブ油でぬらした父親が、スキップして姉の方向にのぼってくる。かれの10本の指は、すべて独自の周期で伸縮していた。黒いボタンでしめつけられた、黄色の衣裳をつけていた。

 姉は部屋に戻ると、学校にいくための準備をした。姉の眼についた父親は部屋までついてきて、ひらきっぱなしのドアをくぐるときには、首から上を水平にたおして、甲高い歌声をあげた。

 つま先立ちでちょこちょこと前進する父親をみて、姉は声をかけた。

 部屋が甘い油の香りでいっぱいになり、1階で「ときの声」があがった。父親は、朝ごはんができたからおりてきなさいと命令した。姉はかばんを取ると、父親のうしろにくっついた。

 姉は父親に手をひかれて、朝ごはんのならべられたテーブルにむかった。

 父親の手から、電気と周波数をととのえる、一定の間隔で発せられる電子音がひびくので、姉はそのつど手を握る力を強くした。父親の首筋には、入り組んだ切り傷がいまも残っていて、むかしのたたかいが激しかったことの証拠になっている。

 1階へとおりる階段は、父親と母親に埋めつくされ、息を吹き返した井戸のように、ぶくぶくと人間のからだをあふれさせた。姉は父親にこれでどうやってテーブルにむかうのか聞いた。父親は口をおおきくあけて、このとき純粋なサフランの香りがただよったが、こぶしをつっこむと道具をとりだした。木の柄と金属でできたツルハシで、刃と持ち手の連結部分をなんども補強した跡がみられた。

 姉にはたくさんの家族ができて、ひとつひとつ、顔面の配置やからだの部位、脳みそのつながりの異なる父親と母親ができて、さらに、おそらく弟も増えている。

 姉のあたまは、はじめからすべての構成員が身の回りにいたような錯覚におちいっていた。

   

  12

 かれは次のようにいった。

 かれは姉をおこらせてしまい、いまも仕返しをうけている。生活に支障がでないように、眼が覚めているあいだは、姉の影がどこかに映りこんでいないか警戒する。

 姉は壁のなかや、たてものとたてものの死角にすがたをかえる技術をもっている気がした。手紙と文書は姉のからだの一部で、ほうっておくと水泡のようにふくらんで気球にかわり、ゴンドラの中心に立った姉は日時計のように安定していて、かたちのすっきりした眼球はこちらを見下ろして笑っている。

 わたしは何よりも眠っているあいだに飲み干されないよう用心した。

   

  13

 学校は丘の上、金魚の化石を規則正しく積み上げた尖塔のてっぺんに、不安定な状態で建っている。

 弟は空港をでるとロータリーに停まっていたローマ式戦車に乗った。御者がムチをたたくと3頭の馬、これはぜんぶ直方体のブロックでできていたが、そうした馬が走り出して車両をひっぱった。

 馬たちはブロックの配置を変形させ、かけ足をはじめた。2本の車輪がガタガタとゆれて、弟は旅行カバンが落ちないようにしっかりと抱いた。

 弟の戦車のすぐ横をスクールバスが追い越していった。うしろの窓には、黒い毛でおおわれた、緑色の眼球をもつ子供たちがひしめいてこちらを見つめている。

 バスは弟の戦車から遠ざかり、子供たちの声もきこえなくなった。

 高架道路にさしかかると、高低差と道路の屈折が弟のおもいでにそってうねり、静かに消えていく傾向がみられた。

   

  14 小人 

 姉はもう1枚作文をとりだすと、起立して説明をはじめた。

 わたしの父親の別のものは小人で、いつもは建造物ではなく犬小屋に住んでいる。むかし飼っていた犬は抗争にまきこまれて死んだのでかわりに無人の区画と高山植物をひきいれた。

 小人の父親は毎日犬小屋をでると家の敷地をぬけて古い道をとおる、ここは前の政府がつくった用地であり、どれだけ歩いても時間は進まず、人のいるところには行きつかない。

 道路の左右を草の柵が囲っていたのでさわると皮フがただれた。

 小人の父親は無数の仕事場を所有している。ほとんど使用されていない場所もあって、また別の担当がほかの家と売り買いをおこなった。

 小人の父親は途中で草のなかにもぐって作業場にむかう。

 父親の作業はきめられた区画のなかできのこを育てて収穫するというもので、わたしには同じような小人の父親があと数十人いて、かれらはまとまってうごいた。

 きのこを育てるためには準備が必要になるが、このため、まず用地を取得する必要があった。

 赤と青の矢印のすき間や、簡易裁判所の外壁、疫病が発生して1世紀ほど見捨てられた噴水つきの公園など、たくさんの土地があると聞いた。

 小人の父親は、よいきのこを育てるために土地をえらぶことがもっともたいせつだといった。

 小人の父親たちが隊列を組んできのこにとりかかろうとすると、かれらの数倍はある、とりでじみたきのこが突然しなりだし、地面にむけて崩れ落ちてきた。きのこの……。

 ここで休み時間になり、授業参観の1フェイズがおわった。

 

[つづく]