とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 2

  

 黒くぼやけた回廊をくぐりぬけて、写真室にたどりつくまでに、いつもより時間がかかった。

 昼ごはんを食べそこねたが、わたしだけでなく、同じように昼ごはんを逃してしまった職員たちが、ゾンビのように強化コンクリートの穴のなかでうごめいている。

「きています」

 今、姉から文書が届いた、内容は次のとおり。

 弟は勉強ができて、また強い力をもっていたので、親たちは、これは埋もれさせておくことができない、と考えて、教育に力を注入した。

 弟のすごいところは、人よりすこし記憶力があることだけではない。強い力というのは、そのまま筋肉のことをいい、からだの容積は同じ年の子供と変わらなかったが、生み出すエネルギーの量が異常な値を示した。

 例をあげると、弟が近所の生意気な子供を殴ったら顔がつぶれて死んだ。

 弟はこのままではだめになる、と家族はうろたえた。

 その結果、弟のしなやかな筋肉はすべてこのわたしに移植された。

 小学校を出ると、弟は山の上の私立学校に送りこまれた。むずかしい、倍率の高い試験に合格した。卒業式のとき、わたしは弟が体育館のなかにいるのを発見した。

 すべての子供は、入学してから学校を出るまでに、顔面を変形させてしまう。

夢の中から出てきたような、汚いものを、指で示すだけで消すことのできる、平面の絵じみた、きれいなかたちから、6年間の不毛の日々を経て、どこにでもあふれているような、きたない幼虫人間になる。

 すばらしいことだ、めでたいことだ、と校長先生がメガホンで絶叫すると、音が割れてしまって、何が言いたいのかわからない。

 子供たちの1体、1体は、式の進み具合にあわせて、同時に立ったり、座ったり、声をだしたりするので、イソギンチャクの触手という印象をうけた。

 わたしはなにか勘違いをしていることにその日気づいたが、それはやはり子供の顔の奇形化のことで、注意深く観察すると、生まれたときからたいていの部位は歪んでいるものだ。時間とともにからだの成分がふくらんで、歪みがはっきりするようになるだけだ、という結論にいたった。

 わたしは頭部のすげ替えについて、くわしく絵をかいた。

 わたしの腕は細いままだが、構成物がかわり、殺傷力をもつようになる。

 そして、すべての許しがたいものを殴る……。

 わたしは文書を閉じた。

 写真室は、たてもののはずれにあり、いったん空中庭園とよばれる中庭に出てから、塔を上っていく必要がある。庭園はだいぶ高いところにあり、霜のおりた、固い花が植えられていて、ひと休みするために踏んでしまうと注意される。

 塔は真ん中で折れているようにみえた。L字をえがくように屈曲しているので、塔のつけ根側か、てっぺん側か、どちらかは壁にはいつくばって、固まった鉄格子を手でつかみながら進む。

 わたしが中庭にでると、冷たい風がとびらにむかって吹き込み、音をたてて閉まったが、かまわずそのまま歩いた。雲のうごきや、気温の推移、大気の流動等の影響によって、塔の外観は変化した。

それは外観だけではなく内実も変化しているとのことだった。塔は根っこから折れているか、もしくはてっぺんから折れているか、そのつど切り替えが発生する。

 人の気配がなく、数頭の角のついたどうぶつが横になってわたしをにらみつけている。

 凍りついた鉄格子をよじのぼって写真室に入ると、職員が顔をあげた。

 わたしは写真が必要だということを説明したが、相手はよくわからないといった。電話をとるために職員が奥の部屋へ消えて、しばらくしてもどってきた。

 必要なのは、後ろをむいた写真、後頭部の写真だと言ったので、わたしは壁と向かい合って光線をあびた。

 いつ届くのかきいたところ、知らないといわれた。 

 

  

 姉はいなくなったわたしの面影、またはまぼろしを見たくなって、わたしの部屋に侵入する。

 とびらをあけたところ、天井からつるされた砂袋が無数に目に入って、しきいをまたぐことができなかった。おしのけようと、軽く手でついてみた、姉のいる地点からはわからないが、部屋の奥までぎっしりとつまっているようだ。

 豚の出荷場はこんなふうになっている、と母親がうしろから声をかけた。無視すると、気配はなくなった。

 姉は腕まくりすると、腰をおとした。

 左手のこぶしを出して砂袋をはじくと、ビリビリと破けて、砂が流れ落ちた。砂だとおもっていたのは、もっとちがう種類の粒子だった。

 姉は砂袋の群をかきわけて、半日ほど同じうごきを反復した。弟の部屋は砂で息がつまりかけている、足の裏からくるぶしまで、歩くたびに沈んでいくのがわかった。

 次の日、朝おきると見知らぬ男の子がごはんをたべていた。姉は母親にきいてみたが、要領を得なかった。

 男の子は、自分は弟だと名乗った。さらに、弟はまたやってくる、と知らされたので、姉は廊下や、家の玄関をきれいにした。ほこりがつもって、床も壁も天井も、灰色のカビにおおわれたようになっているので、なめとった。 

  

  

 次の日は土曜日なので、自分の部屋にかえってくると、あたまとからだを洗って毛布にもぐりこんだ。しばらくして着がえると外にでて、階段をおりた。

 わたしは文書が届いているか確かめるために、穴に手をいれた。指の先に紙のたばがあたったので、ひじまでつっこんで、関節をイモ虫のようにふるわせて、目的のものをとりだした。

 シャツのそでが茶色い液体で濡れたので、脱いで捨てた。

 情報を集める部署の規則によれば、作業場でおこなう作業、作成した文書等については、絶対に家に持ち帰る、外に持ちだす等してはならなかった。

 わたしが一定の周期でうけとっている紙のたばは、作業には関係のないものだった。灰色の紙のたばをポケットに入れて、落ちたり、スリにあったりしないようにふたをしてカギをしめた。

 自分の家にもどる前に、すこしおなかがすいたので店に入った。

 2階まで吹き抜けになっており、大型の図書館からもってきた棚がしきつめられている。よく観察すれば一体ずつ様子のちがう、どうぶつ模型がならべてあった。

 どうぶつ模型の中には、胎児のままのものがあり、これだけは独特の素材でつくられていた。

 模型群はすべて不完全で、片方の眼球がぬけているもの、手足が欠けているもの、胴体がないため、どのようなどうぶつをかたどったものかわからないものがある。

 以前、店の主人になぜ模型を完成させないのかとたずねたことがあった。

 主人は髪の毛の白い老人で、眼はいつも平行ではなく広角を向いていた。わたしが店に入ると、いつもカウンターに背をむけて、イスに座って本を読んでいるか、端末を操作している。

 主人の顔が笑った。かれは胸のポケットから写真をとりだしてわたしに見せた。

 ポケットから取り出したというのは、間違いだった。店内が薄暗いので見間違えた。主人の左胸には穴があいていて、そこから、もう固まりかけた血のついた写真をとりだした。主人は、どうぶつを仕上げるための布で粘性の血をふきとって、わたしにさしだした。

 店の光の量はいつもしぼられていて、光源がゆらぐたびに、どうぶつたちの、壁から見下ろす、いびつな表情が変化する気がした。

 主人は老化していて、しっかりした声で、この写真をみればわかるという意味のことばを言った。写真には小さな、小学生くらいの娘が映っている。

 わたしは娘についてたずねようとしたが、やることがあったので、また次にくると言った。数個のパンを買って、どうぶつ模型の店を出た。

 

[つづく]