とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 3

  

 わたしは紙のたばを1枚ずつ読んで、作業で役に立つように資料をつくった。休みの日は血が出るまで端末をうごかした。

 ひとまず資料は仕上がった、中身は以下のとおり。

 男の子は人間をあつかう業者にやとわれることになった。代表は本部にいて、本部は……にある。

 雨がやむと、男の子は穴ぐらのなかから顔をだして、様子をうかがった。灰色の、ざらざらした石のかたまりを背負う男の集団が、坂道をのぼってくる。男たちの足はひざまで埋もれて、雨でやわらかくなった土をかきまわしていた。

 泥水がまわりにとんで、絹のカーテンにしみがついた。遠くの丘から双眼鏡でのぞきこむもの、車両の屋根にのぼって、様子をうかがうものから身を隠すために、カーテンが道をすっぽりとおおっている。

 男の子は穴から出た。

 うしろに技官がいた。技官は、わたしはボイラーを担当していたがくびになった、と一方的に話してきたので、男の子は無視した。

 技官と男の子は2人前後にならんで国道を歩き、昼をすぎると日差しは強くなり、皮フから汗が出た。

 技官が立ちどまり、手で合図して、2人はわきの木陰にひそんだ。前方にパトカーが数台停まっている。車体の下、タイヤのすきまや、バンパーと土のすきまから、警察職員たちがあらわれた。

 男の子は事故がおこったのかどうか、技官にたずねてみたが、わからないといわれた。巻き添えにならないよう、しばらく観察するべきだということになった。

 警察職員たちは無線で連絡をとっている。パトカーの壁のむこうには、汚らしい衣裳をまとった男たちが立っており、警察職員に向きあって、大声で叫んだり、つばを吐いたりしている。

 男たちの表情はけものじみて、いまにも腰の刀に手をかけそうだった。

 技官は、あれはどこかの浪人が尋問をうけていると説明した。パトカーの横ばらには、「……県警」と印字されている。

 木の根元がちょうど陰になっていたので、2人はからだを冷ますことができた。技官が缶コーヒーをだしてくれたので男の子は飲んだ。

 浪人たちは納得したらしく、刀を警察職員にわたすと、パトカーのボンネットにとびのり、逆立ちし、腕をゆっくり湾曲させて、頭のてっぺんを車体につけた。かれらが逆立ちしたまま安定すると、警察職員は這いつくばって車体の下にもぐりこみ、車を発進させた。

 技官と男の子はほとんど口をきかずに、国道を歩いた。青いおにぎりを逆さまにした標識に数字が書かれており、男の子は通りすぎるたびにその数を読みあげた。男の子の声だけがあたりにひびいて、たまに鳥類が飛び立った。

 国道はこのあたりからけわしくなり、2人は念のためにくつひもをむすびなおし、水分をとった。道の屈折がはげしくなり、枯枝のむこうからあらわれる道路が、幾何学図形のように、ぎこちなく屈曲をはじめる。

 段差も多くなり、男の子の身長では越えられないような断面が多くなると、技官が先に段差を上って、男の子をひっぱりあげた。

 せりあがった土地の上までたどりつくと、2人は休憩した。

 どうしてこんなに歩きにくいのかきいたところ、技官は、新しい国道ができてから道が整備されなくなった、と答えた。とくに、県のさかい目はどちらも金を出すのをいやがるから、すぐに荒れてしまう。

 男の子が見下ろすと道路はひどい状態で、中央分離帯が自然にひろがって、車線の片方は地面と垂直の状態を維持している。白線はある場所では10本、20本と増えて、ガードレールは今現在もくねくねとうごいて、金属のきしむ、薄気味悪い音をたてていた。

 国土交通省の黄色い車が頻繁に行き来していたが、何度見ても正面のフロントガラスとヘッドライトしか目に映らなかった。

 技官はかしらを上にむけると、指をさして新しい国道をしめした。太陽が沈みはじめて、赤むらさき色の太陽の円盤がじりじりと熱を放射している。大気がこれにともなって変色し、すべての陸上のものもカビだしているように感じた。

 太陽のそばを、1本の黒い線が通っていて、地平線の端から端までつづいている。……県と……都をむすぶ新しい国道で、だいぶ高いところにつくられていた。

 男の子はかばんから双眼鏡をとりだすと、黒い線に焦点をあてた。線はベルトコンベアのようにたえず流れていて、クレーンのようなものがぶらさがっている。クレーンの先に、ひとのからだが吊り下げられ、風にゆれながら高速移動している。人の頭部は、クレーンの先にあるヘルメット状の装置によって固定されていた。

 首から吊り下げられた国道利用者たちが高速で流れていくのをみて、出荷場もこんな風景だろうかとおもった。

 男の子はおなかがすいて、いわしを首からつっこんでだんごにする機械をおもいだした。魚のにおいが恋しくなった。

 技官は、新しい国道は料金がとても高い、と言った。わたしが死ぬまでに、10回も利用できないだろう、と言って、指の関節をひとつひとつ折りまげて確認している」

 眠くなってきたので机を片づけた後わたしは寝た。

  

  10

 わたしが班の部屋に入ったとき、班長はすでに出勤して、首ブリッジに取り組んでいた。班長の机のわきには空間があり、青いマットが広げられている。靴はきれいにならべて置いてあった。

 班長はシャツとズボンの姿になり、からだの表面から汗を分泌し、マットにぽたぽたと落ちた。

 わたしは自分の席にすわると端末を起動した。その日は空調機の修理のために業者が立ち入りすることになっていた。もちもの係がわたしに尋ねるので、班長のかわりに自分が出るとこたえた。

 午後になっても班長は首ブリッジをつづけていた。班長の首は血液が集中して、青黒くなっている。上着はイスにかけてあり、すぐれた筋肉をもつものにあたえられる記章が光っている。

 班長は、低いうなり声をとまることなく出しているので、いつ呼吸しているのか、とみな首をかしげた。

 朝のあいさつや、旗がおりる前のあいさつのとき、班長はだいたい、自分のおもいでをしゃべった。

「常にからだをきたえて、どんな敵がおそってきてもすぐに反応できるようにこころがけている。どんなに作業ができても、強盗や悪党におそわれたら死ぬ。ひとのからだは、丈夫さがたりないと壊される。まず筋肉をつけていざとなったら相手をくびり殺せるようでないと、はたらくことができない。

 我が国は、さまざまな技をつくってきたので、どうぶつや黴菌がこの司令部にはいりこんでくる、または、野菜が急に腐って毒をもつということはほとんどない。

 だから敵がおそってこない、などということはない。

 弱くなった足で歩いていると足が折れて肺につきささって死ぬ。

 ちょうどひと月前、この隊のフロアの一角で職員のひとりが殺された、この人間は、関係のないものが施設にいることはない、と気を抜いていたようだが、それがまちがいだった。

 休憩室の東のはし、砂の石でつくられた仏の頭がつみあげてあるところで、その職員は、昼ごはんを食べている。植え込みのなかにベンチがあり、そのお気に入りのベンチに座るために、赤や青の、きれいな花を踏みつぶしていく。

 花の顔にあたる部分だけをちぎってとばすのではなく、根っこから革靴の先で掘り返して、化学的な素材の、なめらかな壁にぶつけたということだ。

 かれが横に目をやったとき、ひとの背丈ほどの仏頭があり、白目をむいた顔だったが、その裏から馬車が出てきた。馬が急にとまったので、ひかれていた幌つき車は横転した。車の下から、顔から血を流す女と娘が出てきて、2人でほふく前進をしてこちらに近づいてきた。

 2人とも、西洋の衣裳を着ており、自分たちの肖像写真をつくりにいくところだった。

 職員が風景を観察しているあいだに、馬は首をはねられて地面に横たわっていた。馬車をかこむように、3人の男があらわれた。男たちは屈強で、古い防寒服を着ている。

 かれらの顔は斧か棍棒に似ているという印象をうけた。男たちはうつぶせになった女たちに近寄ると、手持ちの刃物をくりかえし振りおろした。

 女は、わたしを助けてくれ、と男たちにむかって絶叫した。

 職員はごはんをふくろにしまうと、見つからないようにこっそり逃げ出そうとした。すでにからだを切断されていた娘が、けいれんしながら手をあげると、職員の背中をしめして、声をあげた。

 3人の男のうち、落ちくぼんだ眼球をもったものが職員に駆け寄って、そのまま刃物が職員の口のなかに入った。

 様子がおかしいことに気がついた警備員は、すぐに警衛所に知らせ、警備が増員され、たてもののいっさいの出入りが禁止された

 班長の話がおわり、職員たちは作業にもどった。

 シャワーから出てくるのにあわせて、わたしはいくつかの用紙をもっていき、印鑑を押してもらった。1人、また1人と家に帰るのを視界の端でうかがいながら、わたしはかばんをもって班を出た。

    

  11

 朝、目が覚めると下の階にだれかきていることに気がついた。姉の部屋は階段のすぐそばにあるので、1階で音がすれば、すぐわかるようになっていた。

 姉はベッドから落ちると、床をはって窓まで進み、カーテンとサッシのすきまから玄関を見た。なにか、黒や茶色のものが、無数に家の敷地に置かれている。眼球がぼやけているので、巨大な虫がわきだして、行列をつくっているのかとおもったらそうではなかった。

 玄関におさまりきらなくなった靴が、家をはみだして門や庭、正面の道路にまで並べられている。姉は頭を低くしたまま服を着ると、あおむけのまま、できる範囲でからだの柔軟性を高くした。

 靴下をはいて、音をたてないように階段を下りていくと、地面に近くなるにつれて食糧のにおいがただよいはじめた。

 父親と母親が眼にはいった。どちらも数が増えていて、リビングと台所はごったがえしていた。かれらはぎゅうぎゅうにおしこめられていて、うごくことができない。

 階段に押し出された父親たちと母親たちが、手を床についてつっぱりながら、低い声をだしつづけている。

 顔を白く塗り、髪をクローブ油でぬらした父親が、スキップして姉の方向にのぼってくる。かれの10本の指は、すべて独自の周期で伸縮していた。黒いボタンでしめつけられた、黄色の衣裳をつけていた。

 姉は部屋に戻ると、学校にいくための準備をした。姉の眼についた父親は部屋までついてきて、ひらきっぱなしのドアをくぐるときには、首から上を水平にたおして、甲高い歌声をあげた。

 つま先立ちでちょこちょこと前進する父親をみて、姉は声をかけた。

 部屋が甘い油の香りでいっぱいになり、1階で「ときの声」があがった。父親は、朝ごはんができたからおりてきなさいと命令した。姉はかばんを取ると、父親のうしろにくっついた。

 姉は父親に手をひかれて、朝ごはんのならべられたテーブルにむかった。

 父親の手から、電気と周波数をととのえる、一定の間隔で発せられる電子音がひびくので、姉はそのつど手を握る力を強くした。父親の首筋には、入り組んだ切り傷がいまも残っていて、むかしのたたかいが激しかったことの証拠になっている。

 1階へとおりる階段は、父親と母親に埋めつくされ、息を吹き返した井戸のように、ぶくぶくと人間のからだをあふれさせた。姉は父親にこれでどうやってテーブルにむかうのか聞いた。父親は口をおおきくあけて、このとき純粋なサフランの香りがただよったが、こぶしをつっこむと道具をとりだした。木の柄と金属でできたツルハシで、刃と持ち手の連結部分をなんども補強した跡がみられた。

 姉にはたくさんの家族ができて、ひとつひとつ、顔面の配置やからだの部位、脳みそのつながりの異なる父親と母親ができて、さらに、おそらく弟も増えている。

 姉のあたまは、はじめからすべての構成員が身の回りにいたような錯覚におちいっていた。

   

  12

 かれは次のようにいった。

 かれは姉をおこらせてしまい、いまも仕返しをうけている。生活に支障がでないように、眼が覚めているあいだは、姉の影がどこかに映りこんでいないか警戒する。

 姉は壁のなかや、たてものとたてものの死角にすがたをかえる技術をもっている気がした。手紙と文書は姉のからだの一部で、ほうっておくと水泡のようにふくらんで気球にかわり、ゴンドラの中心に立った姉は日時計のように安定していて、かたちのすっきりした眼球はこちらを見下ろして笑っている。

 わたしは何よりも眠っているあいだに飲み干されないよう用心した。

   

  13

 学校は丘の上、金魚の化石を規則正しく積み上げた尖塔のてっぺんに、不安定な状態で建っている。

 弟は空港をでるとロータリーに停まっていたローマ式戦車に乗った。御者がムチをたたくと3頭の馬、これはぜんぶ直方体のブロックでできていたが、そうした馬が走り出して車両をひっぱった。

 馬たちはブロックの配置を変形させ、かけ足をはじめた。2本の車輪がガタガタとゆれて、弟は旅行カバンが落ちないようにしっかりと抱いた。

 弟の戦車のすぐ横をスクールバスが追い越していった。うしろの窓には、黒い毛でおおわれた、緑色の眼球をもつ子供たちがひしめいてこちらを見つめている。

 バスは弟の戦車から遠ざかり、子供たちの声もきこえなくなった。

 高架道路にさしかかると、高低差と道路の屈折が弟のおもいでにそってうねり、静かに消えていく傾向がみられた。

   

  14 小人 

 姉はもう1枚作文をとりだすと、起立して説明をはじめた。

 わたしの父親の別のものは小人で、いつもは建造物ではなく犬小屋に住んでいる。むかし飼っていた犬は抗争にまきこまれて死んだのでかわりに無人の区画と高山植物をひきいれた。

 小人の父親は毎日犬小屋をでると家の敷地をぬけて古い道をとおる、ここは前の政府がつくった用地であり、どれだけ歩いても時間は進まず、人のいるところには行きつかない。

 道路の左右を草の柵が囲っていたのでさわると皮フがただれた。

 小人の父親は無数の仕事場を所有している。ほとんど使用されていない場所もあって、また別の担当がほかの家と売り買いをおこなった。

 小人の父親は途中で草のなかにもぐって作業場にむかう。

 父親の作業はきめられた区画のなかできのこを育てて収穫するというもので、わたしには同じような小人の父親があと数十人いて、かれらはまとまってうごいた。

 きのこを育てるためには準備が必要になるが、このため、まず用地を取得する必要があった。

 赤と青の矢印のすき間や、簡易裁判所の外壁、疫病が発生して1世紀ほど見捨てられた噴水つきの公園など、たくさんの土地があると聞いた。

 小人の父親は、よいきのこを育てるために土地をえらぶことがもっともたいせつだといった。

 小人の父親たちが隊列を組んできのこにとりかかろうとすると、かれらの数倍はある、とりでじみたきのこが突然しなりだし、地面にむけて崩れ落ちてきた。きのこの……。

 ここで休み時間になり、授業参観の1フェイズがおわった。

 

[つづく]

聖家族 2

  

 黒くぼやけた回廊をくぐりぬけて、写真室にたどりつくまでに、いつもより時間がかかった。

 昼ごはんを食べそこねたが、わたしだけでなく、同じように昼ごはんを逃してしまった職員たちが、ゾンビのように強化コンクリートの穴のなかでうごめいている。

「きています」

 今、姉から文書が届いた、内容は次のとおり。

 弟は勉強ができて、また強い力をもっていたので、親たちは、これは埋もれさせておくことができない、と考えて、教育に力を注入した。

 弟のすごいところは、人よりすこし記憶力があることだけではない。強い力というのは、そのまま筋肉のことをいい、からだの容積は同じ年の子供と変わらなかったが、生み出すエネルギーの量が異常な値を示した。

 例をあげると、弟が近所の生意気な子供を殴ったら顔がつぶれて死んだ。

 弟はこのままではだめになる、と家族はうろたえた。

 その結果、弟のしなやかな筋肉はすべてこのわたしに移植された。

 小学校を出ると、弟は山の上の私立学校に送りこまれた。むずかしい、倍率の高い試験に合格した。卒業式のとき、わたしは弟が体育館のなかにいるのを発見した。

 すべての子供は、入学してから学校を出るまでに、顔面を変形させてしまう。

夢の中から出てきたような、汚いものを、指で示すだけで消すことのできる、平面の絵じみた、きれいなかたちから、6年間の不毛の日々を経て、どこにでもあふれているような、きたない幼虫人間になる。

 すばらしいことだ、めでたいことだ、と校長先生がメガホンで絶叫すると、音が割れてしまって、何が言いたいのかわからない。

 子供たちの1体、1体は、式の進み具合にあわせて、同時に立ったり、座ったり、声をだしたりするので、イソギンチャクの触手という印象をうけた。

 わたしはなにか勘違いをしていることにその日気づいたが、それはやはり子供の顔の奇形化のことで、注意深く観察すると、生まれたときからたいていの部位は歪んでいるものだ。時間とともにからだの成分がふくらんで、歪みがはっきりするようになるだけだ、という結論にいたった。

 わたしは頭部のすげ替えについて、くわしく絵をかいた。

 わたしの腕は細いままだが、構成物がかわり、殺傷力をもつようになる。

 そして、すべての許しがたいものを殴る……。

 わたしは文書を閉じた。

 写真室は、たてもののはずれにあり、いったん空中庭園とよばれる中庭に出てから、塔を上っていく必要がある。庭園はだいぶ高いところにあり、霜のおりた、固い花が植えられていて、ひと休みするために踏んでしまうと注意される。

 塔は真ん中で折れているようにみえた。L字をえがくように屈曲しているので、塔のつけ根側か、てっぺん側か、どちらかは壁にはいつくばって、固まった鉄格子を手でつかみながら進む。

 わたしが中庭にでると、冷たい風がとびらにむかって吹き込み、音をたてて閉まったが、かまわずそのまま歩いた。雲のうごきや、気温の推移、大気の流動等の影響によって、塔の外観は変化した。

それは外観だけではなく内実も変化しているとのことだった。塔は根っこから折れているか、もしくはてっぺんから折れているか、そのつど切り替えが発生する。

 人の気配がなく、数頭の角のついたどうぶつが横になってわたしをにらみつけている。

 凍りついた鉄格子をよじのぼって写真室に入ると、職員が顔をあげた。

 わたしは写真が必要だということを説明したが、相手はよくわからないといった。電話をとるために職員が奥の部屋へ消えて、しばらくしてもどってきた。

 必要なのは、後ろをむいた写真、後頭部の写真だと言ったので、わたしは壁と向かい合って光線をあびた。

 いつ届くのかきいたところ、知らないといわれた。 

 

  

 姉はいなくなったわたしの面影、またはまぼろしを見たくなって、わたしの部屋に侵入する。

 とびらをあけたところ、天井からつるされた砂袋が無数に目に入って、しきいをまたぐことができなかった。おしのけようと、軽く手でついてみた、姉のいる地点からはわからないが、部屋の奥までぎっしりとつまっているようだ。

 豚の出荷場はこんなふうになっている、と母親がうしろから声をかけた。無視すると、気配はなくなった。

 姉は腕まくりすると、腰をおとした。

 左手のこぶしを出して砂袋をはじくと、ビリビリと破けて、砂が流れ落ちた。砂だとおもっていたのは、もっとちがう種類の粒子だった。

 姉は砂袋の群をかきわけて、半日ほど同じうごきを反復した。弟の部屋は砂で息がつまりかけている、足の裏からくるぶしまで、歩くたびに沈んでいくのがわかった。

 次の日、朝おきると見知らぬ男の子がごはんをたべていた。姉は母親にきいてみたが、要領を得なかった。

 男の子は、自分は弟だと名乗った。さらに、弟はまたやってくる、と知らされたので、姉は廊下や、家の玄関をきれいにした。ほこりがつもって、床も壁も天井も、灰色のカビにおおわれたようになっているので、なめとった。 

  

  

 次の日は土曜日なので、自分の部屋にかえってくると、あたまとからだを洗って毛布にもぐりこんだ。しばらくして着がえると外にでて、階段をおりた。

 わたしは文書が届いているか確かめるために、穴に手をいれた。指の先に紙のたばがあたったので、ひじまでつっこんで、関節をイモ虫のようにふるわせて、目的のものをとりだした。

 シャツのそでが茶色い液体で濡れたので、脱いで捨てた。

 情報を集める部署の規則によれば、作業場でおこなう作業、作成した文書等については、絶対に家に持ち帰る、外に持ちだす等してはならなかった。

 わたしが一定の周期でうけとっている紙のたばは、作業には関係のないものだった。灰色の紙のたばをポケットに入れて、落ちたり、スリにあったりしないようにふたをしてカギをしめた。

 自分の家にもどる前に、すこしおなかがすいたので店に入った。

 2階まで吹き抜けになっており、大型の図書館からもってきた棚がしきつめられている。よく観察すれば一体ずつ様子のちがう、どうぶつ模型がならべてあった。

 どうぶつ模型の中には、胎児のままのものがあり、これだけは独特の素材でつくられていた。

 模型群はすべて不完全で、片方の眼球がぬけているもの、手足が欠けているもの、胴体がないため、どのようなどうぶつをかたどったものかわからないものがある。

 以前、店の主人になぜ模型を完成させないのかとたずねたことがあった。

 主人は髪の毛の白い老人で、眼はいつも平行ではなく広角を向いていた。わたしが店に入ると、いつもカウンターに背をむけて、イスに座って本を読んでいるか、端末を操作している。

 主人の顔が笑った。かれは胸のポケットから写真をとりだしてわたしに見せた。

 ポケットから取り出したというのは、間違いだった。店内が薄暗いので見間違えた。主人の左胸には穴があいていて、そこから、もう固まりかけた血のついた写真をとりだした。主人は、どうぶつを仕上げるための布で粘性の血をふきとって、わたしにさしだした。

 店の光の量はいつもしぼられていて、光源がゆらぐたびに、どうぶつたちの、壁から見下ろす、いびつな表情が変化する気がした。

 主人は老化していて、しっかりした声で、この写真をみればわかるという意味のことばを言った。写真には小さな、小学生くらいの娘が映っている。

 わたしは娘についてたずねようとしたが、やることがあったので、また次にくると言った。数個のパンを買って、どうぶつ模型の店を出た。

 

[つづく]

聖家族 1

 特殊情報と特殊絶叫を取り扱う職員の脳には、通常よりも多くの懸賞金がかけられるという。

 わたしは職業柄、脳に危険なデータを持ち込まざるを得なかった。長年の蓄積が祟ったのか、健康上の問題にとどまらず、不快なできごとは家族にも及んだ。この件について、わたしは非常に憤慨しており、現在、措置を検討している。

 そのために、次のような記録を提示することになった。  

 

  

 その冬から、たまに頭が痛くなった。寒い空間に出ると、頭が冷えて血管がふるえるのがわかる。同時に歯もすこし痛くなった。

 脳みそについて意見をいおうとおもったがとくにみあたらなかった。ある日、ふしぎな子供を目撃した。   

   

  

 わたしは先日、不快な体験をした。詳細は次のとおり。

 あちこちのポケットから、しまっていたものがボロボロと落ちた。メモ帳や、ライター、カギに混じって、数種類の昆虫も床に墜落した。

 表面のやわらかそうな、イモ虫とも、ミミズとも判別がつかないものは、自分の重みにたえられずに、紫色になってうごかなくなった。

 別のチーム、戦闘力のある、するどいアゴをもった昆虫たちは、おなかを中天にむけて着地し、すぐに宙返りして、ゆっくり前進をはじめた。

 逆立ち腕立て伏せがおわれば用件がすませるとおもい、職員たちがそわそわしはじめている。

 ところが、わら袋のような手をはたいて、制服を直し、席についたころにはもう、日がかたむいている。

 

  

 子供は、小さな男の子は、かれはまだ腕や足がほそくて、骨のありかがうっすらと透けているが、家の車に乗せられて牧場にやってきた。

 牧場は高層建築のなかにあった。外柵は電気をおびた鉄条網からなり、らせん状の、とげのついた鉄線が地面と平行にくくりつけられている。

 敷地はたてものと、たてもののあいだのすき間をぬって、いびつなかたちをしている。

 馬に乗る際、男の子は両腕をつかまれた。馬と対面したとき、青いヘルメットをかぶるように強いられた。

 このメットは自分のではない、と何度も主張したが無視された。さあ、これをかぶるんだ、と、プラスチックの半球を頭部に押しつけられた。そのとき、無数の汗に混じって、血の臭いをかぎとる、という夢を見た。

    

  

 わたしの所属する部署では、月曜日にブリーフィングが実施される。複数部門が、前の週にやったことと、その週の予定を報告することになっていた。

 朝、嫌な夢から覚めると全身が固くなっていた。わたしは小さな男の子にむかって手をのばしたがもういないことに気がついた。ベッドから抜け出したが、日が出ていないので外は暗かった。

 高層建築の外骨格の部分に、エレベーターが設置してあり、茎じみた飾りがあしらわれている。そのへりに、延々と続くむきだしの階段がある。

 階段の柵も、鉄板もぜんぶ錆びて、赤く変色している。

 きまった間隔で小さなランプが発光しているので、雨がふっているのがわかった。

 鉄骨と外壁のあいだを風がすりぬけて音が鳴った。

 わたしたちはエレベーターを使うことができなかった。たてもの自体は住民のためのもので、職員はてっぺんに増設されたコンクリートの局舎を借りている。小さな空間で分けられ、水道と電気がたまにうごかなくなった。

 局舎に住む職員は、毎日数百メートルの階段を昇降するので、足腰が強化された。

 足を踏みはずすと地上まで障壁がなく、人がよく墜落した。

 ブリーフィングの開始時間が近くなり、わたしは移動した。

 会議室には職員や部長たちが集合している。齢をとって、皮フがしわだらけになった人たち、脂肪をたくわえた人たちが、いすに座って目をとじている。

 小さな老人がお付きのものをしたがえて、会議の間に入ってきた。

 職員たちは、まとめ役の部長の号令にあわせて、いっせいに姿勢を正した。

 隊司令は小柄で、やせほそっている、また、お付きのものは3人とも巨人なので、よけいに小ささが目立った。

 表情がつねに笑っていて、眼が細い……なので、どこも見ていないような印象をうける。皮フは青白いが、首まわりは頭部よりも太い。血管が脈打っており、手は、人の首程度ならスポン、スポンとひっこぬいてしまう気がした。

  

  

 わたしは自分の担当分野について説明をおこなった。詳細は次のとおり。

 「墓石が積み上げられては崩れていって、わたしの前を流れていった。墓石がぶつかりあい、そびえ立つ波のかたちに変化するが、音は何も聴こえない。風の音、波の音もふくめて、いっさいの空気のうごきがなく、無音状態がつづく。

 この海を生身で泳ごうとすると、石にすりつぶされてすぐに消えてしまう。石の舟を操る人びとは、この国では尊敬を受けている。

 人は死ぬと焼却されて、墓石の下に埋められる。墓石はすぐ地中に沈んで、海に還る。墓石をどこから手に入れるかといえば、海から釣り上げる。これも危険な仕事で、毎日、海に引き込まれてだれかしら死んでいる。

 わたしたちの命は決まっていて、30歳になった日に死ぬ」

 計画部署にもどった。そこで、班長がわたしをほめた。

 今年に入ってから、収集対象のうごきが活発になり、こちらと相手との関係が変化しつつある、これによって、職員たちの労働時間が増えた。

  

  

 まとめ係から連絡があり、立ち入り許可証を新しくする必要があると知らされた。

 わたしは作業中の文書を保存し、計画部署を出た。廊下はすべて青と黄色で塗り分けられており、毎日通るたびに、まだらの蛇のなかをくぐっているような錯覚におちいる。

 規則正しい間隔で灯りが埋めこまれているので、職員はみな、ぼんやりした、弱弱しい光を手がかりに司令部内を移動しなければならなかった。

 灯りが天井に埋めこまれているときは、その次には、むかって右側の壁に埋めこまれている。その位置から歩くと、次は床に埋めこまれた正方形の灯りにつきあたる。すべての照明は、中央制御をうけて点滅した。

 まばたきをするあいだに、かならず司令部は暗闇にはまりこむ、同じ階層あたり、2つのパネルしか同時に点灯しないように設定されているからだ。

 道に迷わないように、光のありかをよく覚えておかないといけない、とまず教育された。

 どこにもたどりつかない回廊に入りこむと、いつのまにか地中深くにもぐってしまい、地層の裂け目から足をふみはずして墜落した。

  

[つづく]

聖家族 紹介

1 情報を取り扱う職員である男は若干体調がすぐれなかった。

2 かれは業務のかたわら、家族や夢の中の男児について思うところを整理する。

3 しかし、そのような処理的な頭脳に対し、「聖家族」の魔の手が……。

 

[2012年 推定58000字]