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とりでの屍体公示所<モルグ>

とりでのなかにある屍体置き場

聖家族 8

 63 昔の人びと

 インパラのからだにソケットをとりつけたものは、おなかの側面に表示部があり、どれも正面をむいて不動を保っている。わたしの弟は1匹の顔面に手を近づけた。インパラは反応して、眼球をわずかに旋回させると、首をのばして弟の指をなめた。

 店の男はニッコリ笑い、弟に声をかけたがそのことばはききとれなかった。友達は、このおじさんは、あまりいたずらすると手を噛まれるよ、と言っていると説明した。弟はこのインパラは何につかうのかたずねた。店の男に直接聞いたので、男は笑ったまま、友達のほうに顔をむけた。

 友達は聞きなれぬ発音をつづけて、それが弟には、四角い、いや、ちがう、八角形か、もっと多くのツノをもつととのった箱に手をさしこんで、友達と、この男が、内部でいっしょに泥人形をこねているようすに感じられた。

 友達の説明は次のとおり、このインパラはペットや家畜ではない、おなかに埋めこまれた部品をみてわかるように、からだ全体が近代的な改修を受けており、たくさんの量をつめこむことができる。これは、持ち運びのできる、もの覚えのいい四足獣だった。覚えることはできるが、それを自分で使うことはできない。このインパラたちのくらしは、横になるか、そのあたりの草をたべるか、えさをもらうだけだという。

 2人は小道に入り、小さなテントと簡易柵のあいだを進んだ。友達の家は林を背にして建っていた。まわりのテントよりもずっと大きく、ロープと柱の数もけた違いなので、弟は村ひとつを飲みこんだサーカス小屋を連想した。白い布は銀の枠で縁取りされ、曲線の印象的な文様がえがかれている。

 入り口に門番がいた、わたしの弟と友達は、門番の鋭利な曲刀にさえぎられた。友達が男たちになにか言うとかれらはいなくなった。ここに自分の父親がいる、とかれは弟に言った。

 サーカス型テントのなかは暗く、中心の柱に男が1人、その左右にそれぞれ女が2人すわっている。かれら、友達の父親と2人の事務員は、計算機の端末で作業をしている。

 弟は、3人の作業よりも、テントの四周に置かれた木製の箱が強く印象に残った。箱は子供が背を丸めてしゃがみこんだくらいの規格のもの、塗料をつけた外殻には、1文字ずつ、漢字が投射されている。

    

  64 昔の人びと

 友達の父親は息子のすがたを確認すると立ち上がってこっちにきなさいといった。弟と友達は中央アジア式のじゅうたんを踏んで、そのたびにふかふかと気持ちよくなった。つやをもつ、青いビロードのクッションによりかかって3人はすわった。

 きみは息子の友達かとたずねられたので弟はそうですとこたえた。さっそくだが息子と同じ10人隊に入ってもらう、と言われたのでわかったと返事した。

 3人は円をつくるように腰をおろしている、その中央に光の線、平面がうまれると、サーカステントの入り口がひらき、小さな女の子が入ってきた。女の子は3人いて、どれもまだ弟とかわらない年齢のようだった。髪は黒く、眼球は青や茶色のもの、女の子たちはきらびやかな衣裳を身につけている。顔の造形がとてもきれいで、弟がきいたところ、このすがたはつくりものだといわれた

 女の子たちは水ガラス、煙のつぼ、吸飲装置を両手でかかえて3人に近づき、きめられたところにならべた。子供は、クッションにのしかかって、とびはねるように弟に近づいた。3人の娘は、友達の父親の妻、友達の妻、または弟の妻、ほか、任意の数の部族民の妻だと言った。ただし、日没をすぎると電離層の高さが変化し、3人とも粘菌をつめた有機体袋に変身する。

 父親は弟と子供たちに話をした。弟が遊びにきてくれたことを父親はよろこんだ。息子は口数が少ないのでめったに友達をつれてこない、かれは弟に、息子と仲良くしてやってくれといった。

 弟は返事をした。

 父親は部族の集落で、人の管理をやっている。部族は砂金のなかで生活しているので、いつ別の部族におそわれるかわからない。部族といっても、この時代に、しかもこの先進国にそんな古びたものがあるはずはない。わたしたち、砂金で生活するものはすべて法人として届出をすませている。父親も、ほかのテントの人びともみな会社の労働者だった。

 父親は自分の仕事について説明した。だれでもみな作業をするので、子供のときからそういうものに触れるのはよいことだ、といった。どうぶつも、猿も作業をするから食べものにありつける。息子や弟も、じきにえさをもとめてさまようことになる。父親は、作業のできないものは活動しなくなると考えた。だから息子には小さいときから部族のきまりのなかに入ってもらっている。

 弟に向き直ると、せっかく遊びにきたんだから、きみもここのくらしを体験してみなさい、と言った。弟は、父親の表情、銀の丸めがねの奥にはめこまれた眼球が、さっきからすこしもうごかないことを発見した。

 友達の父親は、もっと早く気がつくべきだった、と脈絡なくつぶやいた。2人の子供には聞こえなかった。

    

  65 昔の人びと

 2人の子供はサーカス小屋を出て、万人隊の事務所にむかった。窓口で、それぞれ所属を表示する札をわたされた。弟の札には「1・3・7・5・6・9」と数字が表記してあり、友達の札をのぞきこむと、「1・3・7・5・6・2」とあり、2人の札の裏側には、「サフラン」と印字されている。

 友達は、数字の意味は左から種別、万人隊の序列、千人隊の序列、百人隊の序列、十人隊の序列、十人隊個人番号を示していると教えてくれた。札をひっくりかえして、「サフラン」とは千人隊の符号のことだという。

 あとは、自分たちの所属するところのたてものにいけばよかった。弟は、友達に対して、これはずっとこの住所にいるのかどうかきいた。友達は次のとおりこたえた、年数と作業量、ほか、いろいろなものが組み合わさって、だんだん数字のけたが減っていく。友達の兄は「1・4・7」、4番目の万人隊のなかの7番目の千人隊長の札をもっていた。かれは部下とトラブルになり死んだ。友達はさいごに、父親の札は「2・2」だと教えてくれた。 

 

  66 人の平安を要求すると死ぬ

 担任教師は、生徒を教える仕事もまじめにやっていたようで、弟のふだんのようす、どんな子と仲がよくて、遊んでいたか、なども、しっかりとおぼえていた。通知表の、生活態度の四角いスペースに書ききることができなかった、と言った。わたしは、なんてまじめで、心のひたむきな人だろうとおどろいた。

 担任教師の学校では、生徒たちはみな利口で、人格もねじけておらず、自然をありのままにうけいれる素質をもっていた。生徒たちは、先生に命令されることなく、自分たちで自然とふれあう機会をみつけた。

 かれらは、担任教師のクラスの子供たちは、月のはじめにくじびきをひいた。当たりをひいた子供は、最後の1か月間、毎日自分の紹介をした。自分の名前、これはだれでも忘れがちだった、また、自分の好きなたべもの、きらいな色、スポーツ、将来なりたいもの、からだのかたち、顔のかたち、など。

 家族を教室に連れてきて、いっしょに給食や弁当を食べた。最後の日、当たりをひいた生徒は手足をしばられてブリキの焼却炉に投げ込まれ炭化する。生徒たちはガラスのむこうでゆれる火のかたまりをじっと見つめて、仏像じみた笑顔で見届けるきまりになっていた。

 子供たちはみんな、偵察の才能をもっていた、と担任教師はいった。しかし、自分のからだはもう腐ってしまって、脳みそも泥水につかっていることを発見した。すでに泥はかたまってしまい、おそかった。担任教師は、子供たちから目をそらすのは簡単なので、転職した、と言った。

 わたしは演奏会場に目をやった。かすかに楽器の音がして、コンサートがはじまったようだとわかる。  

  

  67 人の平安を要求すると死ぬ

 夕暮れどき、演奏会場から、各員が音を出しはじめると、ベンチに腰かけていたわたしと担任教師にも予兆がつたわった。空がむらさきになり、まわりの葉や人の表面は暗くなり、わたしたちは腰まで霧に浸かってしまう。さんざん待たされたので、戦闘員やほかの団員は何をしているのか気になった。防火服の人びとはよこになっていたがよく目をこらすと筋力トレーニングにはげんでいる。

 団員から通信が入り、担任教師は出発すると言った。

 わたしは知人を捜して、さいごまで見つからない、もうあきらめたほうがいい、と団員から口々にいわれて、泥まみれの知人の衣裳をつまみあげて車両にしまいこむ。

 操縦者が、もういつでもいけると手で合図した、その信号によって担任教師の頭部がめくれかえり、脳みそに多量の電気信号と、養分がそそぎこまれた、わたしは、担任教師がうっそうとした森の空気を吸飲していると知って、団員の最後尾に入り、列の一部になる。

 車両のライトが点灯して、ガソリンが車内に、いきおいよく流れ、わたしたちは油まみれになる。よくすべるようになった。

 車両は記念ホールの中央階段を、軽石のブロックをこわしながらかけのぼった。上品な制服をきた、きれいな係員、警備員ははね飛ばされ、ガラス質のからだが粉々になる。エントランスの中央、チケットを回収する娘たちの前で、操縦者はエンジンを切った。

 わたしたちは茶色いじゅうたんの上におりて、長槍を、床にたいして垂直の状態から、平行の向きに転換した。

 正式な服装の老人、男、女、半ズボンをはいた、髪のつやのある子供、スカートをはいた小さな女の子、何ひとつ後ろめたいものをもたない若者たちが、いっせいに団員の隊列に注目した。担任教師とわたしはおなじ分隊にいたので、担任教師が、前へ、と号令をかけたのが耳元でひびいた。

 団員たちは長槍をつきだすと、バタバタと突進した。笑顔でしゃべっていた聴衆たちに槍の穂先がつきささり、次々と、笹に似た要領で裂けていった。

 感じのよい青年、女の子、ピアノを習っている、腕の筋肉がとてもひきしまった娘、白いくちひげをはやした、学者風の中年男性たちは、ぜんぶ、たて長の短冊みたいにひきさかれて、いったん天井近くまでまいあがると、ひらひらと降下していった、その際、木組みの天井にしぶきがかかり、かわいらしい水玉模様をえがいた。

 ホールのソファの下に、2cmほどの黒いすき間があり、そこから歴史的妹たちが目を覚まして、赤くなった目をこすりながらその場駆け足をつづけるのを目撃した。ピンクと、青銅の成分をあわせた、ふしぎな雨ガッパを着た女の子たちが、傘をさしてしぶきから身を守っている。

 団員は、よいものはよいものに、どうでもよいものはよいものに、と金切り声をあげながら長槍をふりまわし、上品な身なりをした母親たちのおなかに穴をあけていく。演奏会にやってきた客たちの声は、わたしたちの強い感情によって変調をうけていた、そのことは、かれらの逃げまどう声が、猫の集会みたいな、こもったうなり声として伝わることから推測できた。

 防火服の戦闘員たちは、団員、おとなしい操作員が説得しているあいだ、車両の陰にふせて、指令を待っていた。

 ふいに、肩章をつけた、頭皮をむしりとる、童話の主人公をあしらったもの、白金のワッペンをもつ戦闘員が、くぐもった号令をかけたが内容は次のとおり。

操作員、駒の反転、中間なし、転換おわり、云々。

 わたしには、その号令が古びた、意味のないものにきこえて、むかし見たことのある景色ににおいを感じとった。  

  

  68 人の平安を要求すると死ぬ

 演奏会場の外がさわがしくなっているようだ、と楽器の使用者は察していたが、だからどうするということではない。

 楽器の使用者たちは、自分たちの手にもった道具をじっと見ているものか、瞳孔がひらいたまま正面を見ているものしかいない。かれらのうち数人が、ようすのおかしいことを感じとって、吹いたり弾いたりをやめた。すると、楽団の支配者、合成金属の胸像に、生身のからだをつなぎあわせた、重さをもつ指揮者が、作業を中断した演奏者たちに注目した。

 指揮者は手首のうごきをとめると、腰から手袋をとりだして台をおりた。台はおそろしい高さだったのでかれが着地したときに音がなり、光沢のある板張りの床がバリバリと割れた。板切れがとびちって、床下の素材がめくれかえった、それはするどい断面をもつ古生代の層だった気がする。台の頂上、さっきまで指揮者が立っていた位置は、だいぶ遠ざかって内側に曲がってみえた。

 かれはヴァイオリン部隊のなかにつかつかと入っていって、楽団員が見守るなか、演奏者の1人の胸倉をつかむと、宙に吊り上げた。ヴァイオリン奏者は、上昇によってくつがぬげて、ズボンがはずれた。指揮者は、本番前に集中力を欠いてはいけない、わたしたちの演奏を完璧なものにするんだ、等の業務的な話をした。

 防火服の戦闘員たちは腰をおとして背をかがめたまま、うではだらりとたらし、その先に道具をもっている。車両の陰からとびだして、ホールエントランスの複数の箇所、人びとのかたまった部分にむかって、放射状に方向をかえて走りだした。操作員たちは1階の中央部分で、逃げおくれた子供や、足のわるい老人を分解する作業に夢中になっている。

 鉄道会社の記念ホールは数百人を収容することができる、まだ人びとは残っているようだった。

 人びと、床をバタバタと鳴らす、革製のくつをはいた人間たちは、階段をのぼって、吹き抜けの2階に逃げた。2階は細いろうかがあるだけで、すぐにぎゅう詰めになった、押し出された人びとは木の柵から1階に墜落した。すぐに柵は折れて、気持ちのいい木のしなる音がした。

  

  69 人の平安を要求すると死ぬ

 わたしは担任教師に声をかけようとして、その顔に注目する、担任教師はあちこちに指示をだし、ホール内の各ポイントを観察して、高速で首を振っている。質問しようとして、とてもできそうな状態ではないと判断した。

 戦闘員たちは、人が集中する地点に近づいて、道具をかまえると、そのなかにつめこまれたかたまりを放出した。人びとの皮フをくいやぶって、肉の繊維を切断し、からだの芯となる骨は枝を折るようにちぎれた、または、かたまりの反発力をうけて、肉等を付着させたままとびだした。かたまりがいくつも移動して、それは自転をもっていたために数人、数十人のわるい人、あるいはどちらでもない人に接触した。

 ゆたかで、質のよい養分から構成された女の人、若くて、目鼻立ちのととのった、まっとうな肩書きをもつ男の人たちはひどく損傷した。かれらはぜんぶ、つぶれた昆虫じみた姿勢でじゅうたんに口やほっぺたを押しつけた。

 演奏会場のとびらがはずされて、団員がなだれこんだ。わたしは担任教師のうしろについて、傾斜のゆるい下り階段をかけおりた。団員たちは楽器をもった演奏者を横1列にならべて、長槍と棍棒で順番にたたいた。

 一連の作業を通じて、担任教師や、その部下の団員たちの顔にはよろこびが感じられた、かれらは自分たちの労働にやりがいをもっているようだった。

 わたしは、弟の、この手紙を読んでいる当該人物のかおとことばをおもいうかべて、まぼろしの手で、ぺたぺたとさわった。弟の頭部だけをわたしの脳みそに収納して、ボトルシップに似た姿の弟、わたしはこの子供が次のように話している風景をつくりだした。

 昆虫にならないように、脳みそにワックスをぬる。こまかいみぞにも、ハケをつかってぬりこんで、つやをだすように心がけるべきである。

 むらがでると、そこから昆虫信号が入り、信号はとても強力なパルスのかたちとなって浸透してしまう、ひとたび脳みそ、無数のスイッチと線をもったわたしたちの中枢装置が昆虫信号とおなじリズムをとってしまうと、わたしたちは司令官の指揮下に入り、昆虫指令がわたしたちの胴体を操縦することになった。

 こうした視覚像はすぐに消えて、団員たちにうながされると、わたしは片付け作業に加わった。担任教師は自分からは口に出さなかったが、これだけ、だれかのためにはたらくことができる、すばらしさ、満足をわたしに伝えたくて仕方がないようだった。

 後日、団から連絡があり、担任教師が車にはねられて死んだと知った。担任教師は、商業施設を歩いているところを警官にとめられて、逃げようとしたがころんだ。ちょうど、自転車にのった中学生の女の子に後頭部を圧迫されてうごかなくなった。

 

[つづく]

聖家族 7

  55 人の平安を要求すると死ぬ

 団の目的があきらかになり、つづいて指令所での団員の活動を紹介してくれるという。

 休憩中、わたしと知人は学校について話をした。授業はしばらくないようだ、でも、講師たちはふだん何をしているんだろう。かれらは経歴もそれぞれちがい、勤労意欲は総じて低かった。学生の前でかぞえかたを教えて、おわるとどろどろした鶏卵になって銀色のボールにおさまった。

 幼い操作員の子供、ふわふわした、肉がうっすらついて、全体としてはこわれやすい印象を与えるが、この子供がまた説明してくれた。すべてをこちらの性質にかえるために、団は次のように段階的に作業する。

 まず、無色もしくはわるい色の駒を捜すために調査員が盤上に加わって、ひとつひとつひっくりかえして調べていく。駒がもともと、どうでもいい性質だったときは、操作員がその人によい属性を与えるために接触する。完全にわれわれと反する色をもつ駒を発見したら、戦闘員を出して処置する。以上のように、駒を見分け、よいならよい、どうでもよければ、それらにはよさを与え、わるいものなら抹消する、こういう活動をまとめて取り扱うのが、とりでのサーカス団である。

    

  56 人の平安を要求すると死ぬ

 「わたしと知人は……」と、なにか言いかけたところでサイコロがなくなった。弟はベッドの上に散乱した、豆粒くらいのサイコロをかきあつめて、ボールに投げ入れた。金属、アルミ系のカラカラとひびく音で気分がよくなったので、むきになって両手ですくっては放り込んだ。

 羽毛とスプリングの弾力で、たまにサイコロは吹きとんでしまった。

 弟は次の日の夜、もう屋外のバケツが凍って、日付がかわるころ、労働からかえってきた。こうして時間を売って、もう売るものがなくなったと感じたがそれをよいともわるいともおもわなかった。

 手紙のたばをでたらめに選ぶと、草色の、ツルとツタをまねた文様の巻物をガサゴソととりだした。紫色のひもで封をされていて、はずして紙を読みだした。文字のはじまる以前のところに、おそらくはあとから貼りあわせたとおもわれる紙が目についた。無数の着色料とかたち、字形をもつ印鑑が押してある、これは、四角い、または丸い迷路を集めて航空撮影したものだ、と弟は直感した。

 印のあとに、姉の手紙の本文がはじまった。姉は、いやがらせをするのが重要という認識なので、文字はすべて左右対称に変形されている。内容は、サイコロ手紙と連続しているようだ。

 わたしと知人は団の案内にしたがって、予備要員コースを申しこんだ。学校はほとんどあてにならないので、口をあけて待っていてはどこにも働き口が見つからない。2人は、たまたまこの団を見つけたが実は幸運だったのでは、とおもうようになった。2人が応募したコースはある程度の期間を必要とする、学校がほぼ実体のないものでよかった。

 知人とわたしは、肉料理の店で昼ごはんをたべた。外はまだむし暑い、太陽光線が強力なため、歩いているうちに靴底が溶けだし、浅瀬に流れこんだ。わたしの背中は汗の粒を発生させて、数分で蒸発した。

 とりでのなかは暗くひんやりしていたが、いったんおもてに出ると差が激しいと感じた。2人は授業の前後や、時間のあるときに集まってよく口をきく。

 配給券をもらわないと食べるものがなくなって死ぬ。移動射殺部隊につかまって、じめじめしたかべぎわで処刑されるようなことは、いまのところない。処刑されないだけで、別に死んでいけないわけではなく、方法はいくらでもある、と知人がしゃべった。

 やらないだけで、わたしたちのことはどうなろうと、問題ではない、ぜんぶ、たまたまきめられたとおりにうごく。わたしは相手がなにを言っているか理解できて、話を打ち切った。

 予備要員コースでは、わたしは、弟の担任教師だったという人物と知り合った。すこしのあいだ話をしただけだが、その後、この人が車にはねられて死んだということは人づてにきいた。 

 

  57 人の平安を要求すると死ぬ

 予備要員コースのはじまる日、知人とは配電所のうらで待ち合わせることになっていたが遅刻した。作業する気配のない、草でぼろぼろになった農村のなかに入ると、大規模な配電所があったので、そこを目印にした。

 わたしは、いまも、知人の外見がおもいだせない。

 敷地のまわりにオレンジ塗装の金網がはられていた、2人はそこで集まった。わたしは遅れた理由を説明するために次のとおり話した。

 家族が増えることは、すばらしいことだ、と父親、自分は1度も口をきいたことがない、父親のうち、からだの欠損したものが、そういうことばを言った。わたしは、すばらしいという単語をきいて、次の日、父親と母親が言い争っているのを目撃した。

 1階に降りるとき、きょうは家のなかがいつもより広いと感じた。自治会のたのみを受けて、家に対しては200人の作業員が割り当てられた。まだ夢をみているとき、まっくら闇の方向から、整然と歩いている家族の足音がきこえた。

 食卓には、それぞれテーブルの四辺にビニール人形がならべられ、背後に父親と母親が2人ずつついている。かれらは、どろどろに溶けてかたまった人形をつかんでは、対角線上の相手に投げつけた。だれか、弟の1人が、たべものを粗末にするな、と言った。

 知人は、その家はとても心があたたまる、と感想を言ったがこの話はその場でつくったもの、実際には、わたしは気に入った弟といっしょに大型トラックに乗って清掃工場にむかっている。このことは絶対に外にだしてはいけない、と弟は念押しした。

 この弟は、わたしが気に入っている、すなおな子で、いま手紙を書いている相手、これを読んでいるおまえとは別のものである。

 荷台にビニールシートをかぶせて、においのするゴムひもでしばってあるが、なかに積んであるのは使われなくなった家族だとおもう。家に入りきらなくなって、犬小屋とか、庭の物置とか、雨が1日中やまないときは、ブロック塀の陰に寄り集まるが、そういう位置もじきに容量をこえる。

 毎晩、わたしの家から、はじきだされた家族の構成員が、それらはみな名前をもっていて、表札にはその名前と序列が印字されているが、かれらは公道や、街灯の下であぶれると、どこからともなくおおかみの部隊が近づいてくる。

 子供のころ、歴史の先生が、おおかみはむかしから人間とかかわりが深い、と教えてくれた。おおかみはそれぞれ10匹から15匹の分隊をつくり、住宅街のなかを、屋根から屋根へ飛びうつって、わたしの家を囲もうとした。

 ところどころの交差点や信号でパトカーが待機についていたので、そういう場所ではおおかみたちは1列になってカツカツと音を鳴らして歩いた。安全の旗をもったおおかみが小走りで列の先頭に立つと、左右を確かめてから横断歩道をわたった。このおおかみは、そのあと、口にくわえた旗で、となりのものにちょっかいを出しがちだった。

 わたしの家では、自分たちのつかうところは自分たちできれいにしろ、と教えられている。わたしは父親と母親の人ごみを抜けて、その弟といっしょに大型トラックを借りて、家のわきに停めた。

 弟はわたしと似たすがたで、髪の質がよい、さわるといつもやわらかいのでしきりにさわった。2人でリヤカーを使い、道路中に散乱した家族のかけらや破片をぜんぶ集積した。

 弟が庭の蛇口をひねって、わたしはホースをもって液体を洗い流した。清掃をした日は昼すぎまで側溝が赤茶色のままで、自分はその風景と、金属のにおいが強く印象に残った。  

  

  58 人の平安を要求すると死ぬ

 脳みそのスポンジ質に、直接、指令をうけた操作員たちは、原則にのっとって作業する。

 次のとおり……すくない団員で、大きな効果を手に入れるためには、まず生来のわるいものを消していく必要がある。どちらでもないものは、よいものにかえていく、または、その場の判断で処置する。

 わたしと知人の2人は団員の衣裳を借りて、輸送車両のなかで着替える。2人がおわらないうちにエンジンがかかり、車両はうごきだした。

 外骨格を、じょうぶな鉄鋼でおおいかぶせているため、窓はついていなかった。わたしは光がかすかに漏れている機材のすき間、強い光点のあるところから、外の風景を見ようとして、なにもわからなかった。

 座席には、わたしたちと似た衣裳をつけた5人の団員と、かれらに対面するように、ごつごつした防火服を身につけた6人の団員が、それぞれ座っている。運転手のとなりに、このグループの長である男が立っていた。

 わたしは、これからどこにいくのかを、そばにいた団員にたずねた。団員はこれからコンサート会場にむかい、中間駒によい性質を与え、反対駒を処置するとこたえた。となりの団員がふりむいて、コンサート会場について教えてくれた。

 ホールは、鉄道会社によってつくられたもので、会社のもつ路線にとびこんだ人数が10万人をこえたときに、記録の達成を記念したものである。わたしと知人は、輸送車両をおりて実際にその外観を目にすることになった。大理石の神殿をまねていた。わたしと知人は、ホールの基礎をつくる柱を調べながら1周した。円柱ではなく、これまで列車に飛びこんだ人間を、柱の大きさに膨張させたもの、それらがホールの屋根を支えている。

 ふと、わたしの視界が白と黒だけに制限されて、耳に入る物音はぜんぶ波長音になった。わたしは、あと知人も、何ひとつ準備をしていない、手持ちのものもない。コンサート会場に入る前に、わたしたちは庭園でさいごの打ち合わせをおこなう。

 薄暗い車のなかではわからなかったが、グループのリーダーがどこかで1度見たことのある顔だと気がついた。リーダーはこのとき、わたしに声をかけて、状況によっては、2人を置いて逃げることもある、と注意をうながした。わたしと知人は前もって話したとおり、わかりました、とこたえた。リーダーはわたしに正対した。

 この人物は、わたしの弟の担任だったことをあかした。わたしは、自分が写真で見たことを忘れていた。弟のいるクラスの集合写真があり、人物たちはみな、白い枠におさまり、段ずれの4列でカメラに注目している。生徒は髪を切りそろえ、耳は見えない、どの子供も細くて小さな眼をもち、笑っているが、そのなかでもわたしの弟は特に質がよい。

 見慣れた青い中山服に混ざって、担任教師が笑っている。作業開始の時間はまだ遠かったので、わたしはこの人物と話をした。庭園はむかし武家屋敷だったところを改造して生まれた。芝はよく整備されていて、わたしたちが歩くたびに土がぼこぼことめくれて、自然物をこわしているような気持ちになる。

 シダやソテツなど、原始的な大型植物が曲線をつくるように植えてあった。昼間は、記念ホールにやってくる聴衆や、近くの賃金労働者たちでにぎわっているらしいが、外灯がすべて撤去されてから、夜はあまり治安がよくないという。この日、人影はまばらで、おなじ衣裳を身につけて、16世紀ごろの長槍や鉄砲をもったわたしたち、異様な集団は、よけい目立った。 

 

  59 人の平安を要求すると死ぬ

 「担任教師と口をきいているあいだ、のこりの団員はしばらく休憩をとっていた。衣裳を身にまとった操作員たちは、どれもまだ若い男や女で、顔は毛糸でできたもの、布のはりぼて風のもの、割れた小さい陶磁、色や光沢の異なるものをモザイク装飾のようにつぎあわせたものと、個性のある顔だと感じる。わたしはかれらの顔をみて飽きなかった。

 防火服の戦闘員たちは、大型の水牛の家族といっしょにソテツの陰で休みながらたばこを吸っていた。全員、防火マスクをつけたまま、たばこをそのなかに入れて喫煙したため、かれらの表情をビニール越しにうかがうと、煙がたちこめて何もみえなかった。

 担任教師は、○○くんは……と、わたしの弟を呼ぶときはいつも名前につづいて「くん」をつける傾向があった。わたしはこのとき、担任教師の表情の変化を見逃さなかった、この人物の顔から、人間的な感情を読み取ることができた。弟の、いまこの手紙を読んでいるおまえの名前は、すでに無効になっている」

 弟は、自分の所業がこんなところで家族に流出していたことをはじめて知った。いまとなってはどうしようもなかったので、すぐに気にもとめなくなった。

 「この人物は、わたしの弟をとてもすなおで、ききわけがよく、ただし何も信じていない子供だったといった。担任教師によれば、この学校に入ってくる生徒たちのなかでも、わたしの弟のように、かわいらしいものと、そうでないものに分かれるという。

 担任教師が感じたかぎりでは、どんな子供もさいしょはすばらしく、徐々にどうでもよい、考えるに価しないクズになる。この「さいしょ」というのは、一瞬でしかない場合がほとんどなので、中山服を着て正門をくぐった瞬間に、ただのクズ、腐った人間の設計図に変わり果ててしまっている。

 担任教師は、わたしの弟はいつもすなおで、かしこく、おぼえもよくて、筋力もあった、と言った。子供は、ふつう筋力がなくてかしこくないので、よくけがをする。担任教師のクラスでも、入学してまもなく、2人の生徒が不法入国者ごっこをやって、問題になった。

 このごっこ遊びについては以下のとおり……1人が、ドラム缶のなかにはだかで入り、もう1人は、時間をおいてドラム缶をあける。缶から這い出した男の子は、もう1人に対して仕事のあっせんを頼む。こちらが不法入国者で、もう1人は人の出入りを管理する組織を演じる。

 2人の生徒はごっこ遊びのなかで、はだかの入国者に対して、半導体企業の倉庫から、お金になるようなものをとってこい、と指令をくだした。次の日の朝、半導体製造工場のフェンスに、電流をあびて丸焼きになったすがたの生徒が発見されて、かれらの遊びのすべてがあきらかになった。

 担任教師はこの2人のせいで、主任からだいぶおこられた、と言って笑った。丸焼けのほうは死んで、もう1人は体育教師に指導されて右足が太ももから欠損した。このように、子供はあたまがわるいので、安全性をよく意識させないといけない、と担任教師は説明した。わたしは、そのとおりだとおもうとこたえた。

 わたしの弟は筋力があったので、どんなあぶないことにも動じなかった。弟と、かれの1番の友達は、放課後いっしょに遊ぶことがあった。

 この友達は、と担任教師はことばをつづける、実家がテントでできていたので、こんどあそびにおいてよ、と弟をさそった。

 なぜテントかというと、この友達の親は部族の高級幹部なので、市街からはずれた、砂金の原っぱに住んでいる。

 土曜日、朝ごはんをたべて、弟と友達はバスにのって町はずれの停車場でおりた。コンクリートの区画に、円陣をつくるようにバスが停まっていて、仕事のない人びとがすわりこんでボードゲームを楽しんでいる、しかし2人の子供には、かれらが退屈しているように感じられた」。 

 

  60 昔の人びと

 アスファルトの上に砂金がちらばっていて、いくらほうきではいてもきりがない。バスターミナルの先は砂地になっている、風が吹きつけると金の粒が舞い上がり、バスや建造物は汚れた。バス会社ではたらく人たちは、夕方、夜風の強くなる前に、たまった砂金を水で洗い流さなければならなかった。

 弟と友達は、きれいな青い看板にむかって、あれだ、というと、店に入った。2人は料金を払ってかぎを借り、店の外にでた。馬が2頭、ベンチの前で休んでいたので、かぎをでたらめにつきさした。2頭の馬が4頭に増え、さらに8頭に倍増した。ところが、脚の本数は変動せず、馬は1本脚になり、2人の子供がまたたくあいだに、脚がひづめの先から砂にめりこんでいき、胴体から上だけを写しとった置物みたいになった。

  

  61 昔の人びと

 弟は目を細めて笑い、馬たちのほうにかけよった。1本脚の馬たちは、トランプの8とおなじならびで砂金に埋まっている。弟はうしろからパタパタと近づいて、そのたびに素足が砂粒を払いあげて、太陽光線によって点滅した。うしろから近づいても蹴とばされる心配がないので、弟は外側の1頭にとびついた。

 茶色い毛並みの個体で、ぺたりと表面にしがみつくと、皮フの内部で強力な運動がおこなわれているのがわかった。手のひらや、ほっぺた、胸骨など、からだのさまざまな部位で、馬の筋肉と血管のうごきを感じ取った。

 弟は、馬はいつどこで筋肉トレーニングをやっているのだろうかと疑問におもった。友達は弟のあとをついてきて、それに気がつかず、弟は砂金のなだらかな丘のむこうに、まぼろしが映りこむのを目撃した。

 夜、月と星がはっきり見える、レーダーエコーには何も表示されていない時刻がくるたび、岸辺に1群の馬たちがあらわれる。へびの形態に似た、曲がりくねって、ゆっくりと下流に移動していく川があり、そのほとりでスポーツ帽子をかぶった青鹿毛の1頭が笛を吹く。体操の隊形にひらいた馬、馬の影、長々とひきのばされたものが、横になった姿勢から、前脚屈伸をくりかえして、無限回の腕立て伏せにとりくむ光景を弟はじっと見つめた。友達が声をかけると、視覚像はなくなり、弟といっしょに馬たちも首をねじってふりむいた。

 弟は、この馬たちがどこで仕入れたものかたずねてみた。友達は、ぜんぶうちで調教したものだとこたえた。友達は、弟のとなりの馬にまたがり、弟もいったん立ち上がって馬の背中に腰かけると、砂金の上につくられた部族の都があった。

    

  62 昔の人びと

 2人は1本脚の馬からはなれて、部族の都にむかった。

 弟は裸足のまま砂金の上を歩く、それをみて友達もサンダルをぬいで、かばんにしまった。弟は、近づけば近づくほど、プリン型のテントが増えて、テントのあいだからまたいくつもテントが出現することに気がついた。

 あちこちで馬が首を振る、いななく、脚をすこしまわすなどの動作をおこない、部族の人びとはのんびりと歩いている。

 友達は言った。自分の親は都の人口をかぞえる作業をやっていて、こっちに住んでいる。かれは弟の手をひいた。2人の子供は大通りに入った。スクーターが行きかっているので、ぶつからないように注意した。タイヤ、排気筒が砂金をまきあげて、その一帯が発光した。

 テントは大きくひらき、色とりどりの商品がならべられている。店の人たちががなりたてるので、2人はお互いのことばを伝えるために顔を近づけた。それでも、エンジンの回転や羊の鳴き声が割って入るので、以降は手のひらを合わせて、文様でやりとりすることにした。

 大通りを横切るあいだ、弟は露店のようすを観察した。

 

[つづく]

聖家族 6

  37 人の平安を要求すると死ぬ

 サイコロの籠は半分ほどになって、弟はいったん休んだ。そのあと、つづきにとりかかった。次のような文が出現した。

 電話の先の人物は、養豚場は学校をつくるのにいいとおもった、といった。ところが、オーナー、かれはなかなか応じなかった。電話の声は次のとおり説明した。

 わたしが養豚場のオーナーに会いにいくと、提示したのよりずっと多い額を要求してきた。何回か話をしたが、らちがあかないので、室長に相談した。室長はわたしたちの室の責任者だが、みなそれぞれ担当の作業が異なり、おたがいに必要以上にかかわらず、余計な作業を背負わないように用心している。

 わたしの相談をきくと、正確には、わたしが第1文字を発したときに、室長は顔面をこわばらせて、こちらを向いているようで向いてなかった

 わたしと1度も目をあわせず、あれをつかえばいいんじゃないか、と助言をした。

 

  38 人の平安を要求すると死ぬ

 わたしは室長のことばにしたがって園芸室に電話をかけた。都合のいい日に、枝切り作業員を数名借りられるかきいてみた。5名の作業員を出せるということなのでわたしは園芸作業員を使うための申請書をつくることにした。

 その日、作業員5名は園芸室保有のトラックに乗ってやってきて、事務室に横付けする。たてもののろうかは排ガスでくもり、床は泥とタイヤ痕で汚れたので、清掃人がすぐにとんできた。

 わたしはトラックの助手席に乗りこみ、誘導は端末にまかせた。

 5人の作業員たちは、座席についたとたんに気がついたことだが、なんともいいがたい、気分の悪いにおいをただよわせている。

 園芸室は、たてものの庭の維持や清掃をおこなうということになっていた。5人の枝切り作業員は、わたしのようなものとはちがう採用枠でここにきている。かれらのほとんどは海外国籍をもち、わたしたちのことばをまともにしゃべることができない。

 契約警備員出身のものがたくさんいて、腕の太いものや、口や耳の裂けたものがいる。

 わたしといっしょにオーナーのところにいく5人について……1人目、トラックを運転している男は、ひたいに糸の縫い目があり、眼球は落ちくぼんで、くまができている。前方を見ているようだが、目の黒い部分は広角におかれている。筋肉質だが、顔色、肌の色は青白く、たまにキリル文字をしゃべったり、薄気味悪いしぐさで息を吸ったりする。

 2人目、荷台の最後尾にかがみこんでいる背の高い男、かれは整った顔立ちをしているが、枝切り服の内側、肩から背中、胸とおなか、両腕の指の先まで、びっしりと刺青が彫ってある。沿海州の高低図がそのままからだに写しこまれているので、ロシア旅行のときにつれていけば役に立つと感じた。

 3人目と4人目は、それぞれ片腕がなくて、そのかわりにマネキン式のうでをはめている。

 さいごの1人、たぶん先任の男だが、かれは頭の毛がなく、眉毛もない。からだはいちばん小さくて、手が異様な状態だと気がついた。手のひらにはいっさい文様がなく、指の1本、1本は手首と同じ太さをもつ。爪もはがれて消えており、皮フは象の皮と、昆虫のキチン質をあわせたような、どす黒い色をしている。

 この5人はみな、特有なにおいを発していた。わたしは何度か、作業員にきいてみたことがあり、このにおいは皮フか、消化器官から出ており、この集団に雇われる前からなくなったことはない、ということだった。

 5人目の、髪のない男は、トラックの荷台の中心から説明してくれた。自分たち作業員は契約警備員の時代にさんざんこきつかわれて、からだが半分くされてしまった。作業員たちがはだかになれば、うじのわいているものや、茶色やむらさき色、七色、虹の反射する光のように変化しているものもいる。

 作業員はろくな仕事がないので、学校を出ると、それも、文字の読み書きを教わるだけだが、海の作業をやりたくないのでみんなで警備会社の支所におしかける。ここでひととおりの書類手続きや、健康診断をすませると、契約社員として雇われることになる。

 からだの損傷にしたがって給料を受け取るしくみだ、と会社の担当からきいた。作業の内容は、場所によっても変わるが、ほとんどは単純で、何も考えなくていいようなものだった。わたしは、と髪のない枝切り作業員がていねいに話を続けてくれた、同じ団地の仲間といっしょに、工場地帯の区画にまわされた。

 契約警備員は、6人で1チームを組んで、無作為抽出で市民の家にどかどかとあがりこんで作業をやった。市民も市民で、刀剣類や銃で武装し、待機所を襲撃する、あるいはわたしたちを待ち伏せしたので、そんなときは乱闘になった。

 要領がよくて、まったく痛い目をみないでやりすごせる警備員はすぐに飢え死にした。ここの契約はからだの損傷に応じて賃金をもらうことになっているので、けがしないものは1銭ももらえない。だから、ここにいる枝切り作業員みたいに、わりと欠損したところで契約を打ち切ってやめる。

 いまの集団での作業、庭や植木、花壇の整備という労働はとても興味深いもので、給料も食うに困らないし、作業員はみな感謝しています。

 海の仕事をちゃんとやる人は、わたしたちのなかでもちょっと特別で、かれらはすばらしいとおもっている。子供のときは、墓石の波を縫って、好きなように灰色の石の海をおよぐ人にあこがれていた。

  

  39 人の平安を要求すると死ぬ

 オーナーの邸宅を数回にわたって訪問し、いろいろやったが養豚場の取得がうまくいかなかった。オーナーは枝切り作業員たちの作業によく耐えて、うんといわず、首もたてにふらず、5人は、これはやっかいだ、といって首をふった。オーナーは途中で死んでしまい、養豚場の権利はその娘に移った。娘は情報省の役人で、いまはヨーロッパの小さな国に出向しており、土地の売り買いとか、そんな話に応じられる状況ではなかった。

 わたしは袋小路におちいり、専門学校のはじまる期間がせまってきた。

 あるとき、室長がわたしをよびだした。期限が近いみたいで、課長が心配しているから、説明しにいったほうがいいとおもう、といわれた。自分がいくよりも、きみのほうがくわしいはずだから、ということだった。わたしは室をでて課長のところにいき、尋問された。

 もどってくると室長が活性化してこちらに近づいてきて、どうだったかとしきりに聞いてきた。わたしは、課長から死ぬまでかえってくるなといわれた、とこたえた。室長は自分の名前がでてこなかったようだとわかって安心した。

 以上のような話はスピーカーから流れていたが、わたしはもう出かける必要があったのでそのままにしておいた。

 この学校に通っているとき、わたしは静かな洞くつを見つけた。

 校舎はまだなかったので、いや、おそらくいまもないだろうが、授業がひらかれるときは直前に連絡がきた。講師との契約のため、授業は多いときには日に何コマもあった。逆に、季節に1回しかないこともあり、教わったことは何も覚えていない。

 この学校から教わる事項はぜんぶ保護処置されて、信号的なかぎのかかった状態で脳みそに蓄積していく。学校を卒業した時点でぜんぶのかぎつきの、脳みそ成分にロックがかかり、引き出すことができなくなる。学校で覚えたことを、卒業または中退してからおもいだすためには、月額いくらのかぎ代を支払わなければならない。

 わたしはそのつもりはなかったから、学校の授業のことは何も覚えていない。たぶん、いまもわたしの脳みそのどこかに、ロックのかかった状態でプカプカ浮いているとおもう。

 

  50 人の平安を要求すると死ぬ

 姉は弟に話をする、そのとき、わたしの弟は食事をとる風景をおもいうかべた、父親と母親は安定した数で静止しており、わたしの弟も姉もふくめて、すべて架空の子供のかたちをもち、テーブルにはフライパンでいためた怪獣のビニール人形がならんでいる。さまざまな種族の……。

 

  51 人の平安を要求すると死ぬ

 さまざまな種族の怪物、恐竜をモデルにした怪物、鳥や実在のどうぶつと人工機械が合体した怪物、抽象的なかたちをしたもの、色のないもの、色と、かたちがつりあっていないもの、星のかたちをしたもの、おびただしい、ぜんぶが異なるビニール人形が青灰色の煙をたてて、表皮が溶けだして食器に広がっている。皿はよくみがいてあり、わたしとわたしの弟、父親と母親の顔を映した。

 わたしは洞くつの奥に進んで、地下につくられた小さな城にたどりついた。城は木と草の繊維でつくられ、わたしの足音に気がつくと反響をだした。

 わたしは専門学校の知人とならんで、団長と面会した。団長は通信系ではミリアムという符号で呼ばれており、団長その人にはなまえがなかった。

 団長室に入り、いすに腰かけた。大型の机があり、壁にはきれいな旗がかかっている。旗の中央に団章が縫い付けてあった。小間使いが2人にコーヒーをくれたが、粘土の味がしたので手をつけないようにした。調度品はすべて木製で、よくそうじされていると感じた。

 団長は歳をとって縮んだ老人で、それでも背が高く、天井にあたまをぶつけないように首を直角にかたむけている。ソファに座ると、さっそく団に参加してたのしんでもらいたい、と言い、最近関心のあること、洞くつの城の住み心地など、重要でない話をつづけた。

 実際の団の活動は、となりの指令所をみてもらったほうがいい、とかれにすすめられて、回廊をわたって城の上層部、突き出した鐘塔の内部にもぐりこんだ。小人か子供の規格でつくられているためか、天井も幅も小さかったので這ってすすまなければならなかった。

 指令所のとびらの両側に、防火服をきた戦闘員が立って、団長のすがたを認識すると異状ありません、と絶叫した。

 指令所は劇場に似ているとわたしはおもった。正面には表示画面があり、そのときのわたしには読みとれない、たくさんの地理情報や、表、数値、符号がみえた。床を這うように、端末の画面が設置され、わたしは画面の光によって浮かびあがる団員のうつろな顔をみわたした。

 指令所の大きさは、案内役の団員にきいたものを引き写すと、たてが50メートル、横が30メートル、高さが6メートルの箱型、巨大な表示端末は正面のかべをおおい、操作員や監視員のつかう小型の端末が40台、たて×よこであらわすと5×8台ずつ。

 照明は、はじめはほとんどなかったが、団員の要望で、かべに一定の間隔、3メートル毎にろうそくのともしびを取り付けた。

 ろうそくは溶けてなくなるとすぐに補充できる。鐘塔のかべのなかに、ろうそくを送り込むケーブルを埋設した。だから、ともしびケース、200年前のイギリスの形式を利用した燭台がセンサーをもち、ろうの減少を感知して自動で交換されるようになっている。

 わたしと知人が足を踏み入れると、油と花を混ぜ合わせた、よい香りに気がついたのはこのためだった。この香りは白檀の香り、線香のけむりではないか、と知人がつぶやいたので、それをさえぎって、これはクローブ油のものだ、豚肉や、いためた野菜にぬりつけるものといっしょだ、と言った。

 わたしは薄暗闇のろうそくの粒子にひたされて眠くなった。巨大表示から視線を落として、端末にむかう団員たちの顔を眺めた。かれらは正面をむいているので、もちろん、位置を変えて巨大スクリーンのかたわらに立った。

 団員の顔、みな一様に白いビニール製の衣裳を着た人たちの顔は、わたしにとって見たことのあるものだった。かれらは、団員としてのきびしい教育をうけたのか、または、もともと外国や離島の出身なのか、特徴のある顔かたちをもっていると感じる。

 知人はさっきから一言もしゃべらない、わたしがどうしたのかようすをたずねると、自分はこのひとたちを尊敬するとこたえた。かれらはすべてつくりものだからいつこわれてもいい。

 

  52 人の平安を要求すると死ぬ

 かお……表示に見入っている団員たちの眼はみなうつろで、どんな表情も読み取れなかった。わたしは1人ずつ注目して、頭部のなりたちを調べてみた。

 かれらの顔面の皮フは目のあらい毛糸からなり、毛糸は茶色、細かい繊維がけばだっている。鼻はプラスチックのボタンをとりつけた簡易なもので省略され、眼球は青銅貨がならんでいるだけだった。かれらは、ひっきりなしに手元のトラックボールをうごかし、文字盤による入力作業をおこなっている。

 団長はわたしたちのすこしあとについて、指令所の風景を見守っている。団長は、ここがわれわれの指令所で、団員のうごきをコントロールしている、という具合に、フロアの役割を説明した。人の平安はここにかかっているということばをわたしは聞いた。

 平安ということばを耳にして、わたしは白塗りの貴族たちのまぼろしを目撃した。

 指令所を出て鐘塔をおりると、中2階のような、宙吊り状態のろうかを歩いた。木製レンガの小窓から、外の景色をのぞくことができる。地底の空洞なので何も見えず、ときどき、水滴の音がひびいた。

 団長は作戦のための部屋にわたしと知人をつれていった。いまから、団の概要説明がはじまるようだ。わたしたちのうしろに、見覚えのない人間、団員とそうでないものも席についた。

 とびらのかたわらに、非人道的な、やさしい笑顔をした団員がいて、座っている。たぶん警察に似た役割をまかされた、重要な人物だろうと感じた。

 団についての説明は、若い団員の娘がおこなった。

 

  53 人の平安を要求すると死ぬ

 前に出た若い操作員は次のとおりしゃべった。この団員はまだ幼くて、皮フのかがやきが残っている。

 いちばん重要なのはよいかわるいかで、それ以外のすべてのものは重要ではない。空気中にあるいっさいのものはよいものか、わるいものか、そうでないものかのどれかである。

 なので、すべてのものをよいものに変える必要がある。

 団長ははじめからよい性質をもった貴重な駒だったので、この、よい性質によって、わるいものと、どうでもいいものと……

   

  54 人の平安を要求すると死ぬ

 どうでもいいものを、ぜんぶひっくりかえしてよいものにする。こうした作用をくりかえすことで、盤上の駒はよいものになり、明黄色と金糸の光をもつようになる。

 団長は、盤の配置について手順をふんで調べた結果、駒のうち9割以上は青でも赤でもない、何の色ももたない、重量のないものだという結論にいたった。

 次に、鋳造されたときにはもう、わるい性質をもっている駒、たとえば不均衡な5角形をもつ香車、桂馬、線のなかでも陰になった部位にたまっている、きたない兵種、そのようなわるい性質のものは、ごくわずかしかない。あまりにすくないので、団長は自分たちとおなじ比率で配置されているにちがいない、と確信した。

 幼い操作員はまくしたてるようにしゃべったので、すべすべした肌がすこし熱をもち、肩を上下させないように、おなかに力を加えた。わたしはこの子はほんとうに必死にやっているとおもい、そのため、自分はこんな風になってしまった、と痛感した。

 団長がかべぎわから立ち上がると、表示が切り替わり、暗闇に浮かびあがるわたしたちの頭部も変色した。団員と、ほかの部外の人びとはつばをのみこんで、ごくり、といっせいに号音がひびきわたった、その後、表示画面の機械音だけが消えなかった。

 団長は正面表示の横に移動するとあいさつした。知人は、団長の顔はよくよく見るとなんとおそろしいのか、と小声でわたしに伝達して、わたしも、2人で顔を寄せて注目した。

 地表の下にとりでがあり、外よりも光量ないので、人も風景もぼんやりしている。とくに団長は背が高いので、これまで表情に気をとめたことがなかった。

 回廊や、指令所では、団長の半身の上のほうは、黒い領域のなかに埋もれてしまって、どんな眼球や口もと、その他の部品をそなえているのかがはっきりしない。容量の大きい、がらんとした寺院の内部にいると、柱の上のほうは影になって見えなくなった。

 わたしはむかし、自発的に僧侶を見にいったときをおもい出していた。

 団長の眼は、固いまぶたの肉におおわれて、瞳孔は小さい、そのため、とかげやイグアナが眠気を振り払おうとしている印象を与える。顔は緊張して、常にまわりを監視していた、かれはどこから短刀をもった若者がかけよってくるか、紙粘土に電気部品を押しこんだものが、そっと置かれていないか、ということに注意を払っていた。

 夢見がちなわたしは、弟とおなじように、団長の顔にふれて、次のような視覚像をつくりだした。

 世の中でもっとも地位の高い衣裳、明黄色の布地から製造した、金の波をあしらった儀式用の服、やわらかい胞子のあつまりを中心にすえた服を、団長がまとっている。

 この人のかたわらに、おもいやりのある顔をした女が立ち、この女を囲むのが、さまざまなすがたをした子供たちだった。夢のなかの団長はゆっくりと両うでをうごかし、おそらくは規則できめられた動作にしたがうと、子供たちは1人ずつ、かれの足元にむかい、ありあまる力によって、紙くずのようにひきちぎられていく。子供たちの断面からは、高低ばらばらのオルゴールの単音が鳴り、かけらはうごかなくなって、団長のブーツは埋もれていく。

 あいさつがおわり、団長は自己紹介をはじめた。表示されたものを読んで、ところどころコメントをつけていった。名前の欄には四角い枠があり、中央に「別示」とある。いまの段階では、こうした規制の中身を知ることはできなかった。

 名前、出身、最終学歴、家族構成、団を設立するまでの経歴、生年月日、以上の項目は「別示」の扱いで、このときわたしと知人が知ることのできたものといえば、通信や呼び出しに用いられる、ミリアムという符号だけだった。

 

[つづく]

聖家族 5

  28 れきし

 市の南と北をへだてる河川があり、だいぶ前にコンクリートで補強されてあふれないように対策がとられた。北は弟たちの学校がある区画で、学校と、一部の設備や警察のほかに住民はいない。

 橋をわたると、背の高さまでいっぱいにひしめく大きな城市が広がっている。城市はアリの巣といっしょで日々拡張される。

 わたしたちが北の区画に入るのにまったく制限はない。ただし、行ってもなにもないといわれる。文字だけで理解するより、歩いて風景をみたほうが……。

 姉の文書はここでとぎれていた。

 男が無理やりケーブルを引っこ抜いたせいで、データの復元が最後までいかなかったようだ。

 

  29 小人の巣

 「小人、または自動土偶といわれる種が生息している。北部、橋をわたった先に森があり、小人が巣をつくって生活している。

 わたしが生まれたときには、小人のことばをだれも知らず、市の北部に行くものもほとんどいなかった。

 ある日、夕焼け放送が鳴るまで遊ぼうとおもって川べりにむかった。わたしの仲間はみんなごっこ遊びが好きなので、いつも学校がおわると海賊ごっこをやる」

 これは、校長先生のつくったプリントだとわかった。

 弟は、プリントのたばを読んで、おわったページはくしゃくしゃに丸めてのみこんだ。そのたびに弟の肌はつやをもち、白くてまぶしい光源になった。

 「海賊ごっこの要領については次のとおり。まず負けたものが海軍のスパイかもしくは、規律をやぶった海賊の構成員になる。残りのものは海賊の構成員となる。

 わたしたち、6、7人の子供は舟をかついで川に浮かべた、このころはまだ工事がおこなわれておらず、川べりはでこぼこの岩と、泥でおおわれていた気がする。

 川のほとりから、排水が流れこんで、水は銀や金、青い鉱石風といった、とても複雑な色をもっている。水面がうごくたびに、太陽光を反射した、という景色をおぼえていた」

 

  30 小人の巣

 プリントの内容は次のとおりだった。

 わたしたち海賊は、スパイをつかまえるとボートにのっけて、そのまま突き落とした。これを一巡するまでくりかえした。

 小人たちの城市は低地を切りひらいたところにあり、かれらの特殊な方法でつくりだした素材が用いられている。素材は金属とほかの要素からつくられ、さわるとやわらかいが、心に影響を与える。

 わたしたち、ヒトがこの材質に触れるときは、かならず手袋などをはめた。

 わたしが生徒のとき、知っている範囲でも3人ほどが運びこまれた。川をこえて小人の巣のなかで迷い、肌を直接、素材にさらしてしまったため、精神に異常をきたして、はっきりとしゃべれなくなった。

 どの生徒も、からだのうごかしかたを忘れたので、横たわって回転をつづけた。

 

  31 実習

 わたしの弟は、仲のよい生徒と組になり、実習の授業をうけることになった。組は4人でつくられるので、弟と、1人目と、2人目、3人目はいっしょに学校の外に出ることになる。

 4人は寮でもおなじ部屋に住んでいて、これまでひとことも口をきいたことがない。必要なときは手のひらをつかってやりとりした。

 学校の生徒になったものは、生徒手帳などのかわりに、手のひらに特異な線をもつ文様を書いてもらうことになっている。これは、刺青のように彫りこむのではなく、手のひらを校長の腹のなかにひたすことでからだに信号を与えて、皮フと、筋繊維の内側からへこませるしくみだということだった。

 校長室は、ふだん授業をおこなうたてものから離れた場所、木に囲まれた岩の頂上にある。

 弟たちは、先生につれられて校長先生へのあいさつにむかった。切り立った岩が学校全体を見下ろすように立ちはだかり、これは敷地に入らなければ眼には映らないしかけになっていたが、木の葉と、幹が、ねじれた状態のまま、弟たちの頭上までしなだれかかっていた。

 その日はよく晴れて、太陽がよく見えたが岩の裏に隠れてしまった。弟は、石の階段をいくつのぼったか、心のなかで数えた。ここが校長先生のいる堂で、岩の上にある、と説明をうけた。

 頂上近くに、うっすらと雲をまとった岩を見上げたとき、わたしの弟は次のような風景を連想した。

 岩のあちこちに、鉄でできた煙突がささっていて、かなりぞんざいな工事をされたのか、口が空をむいているものや、地面をむいているもの、水平に、岩をかすめるように伸びているものもある。煙突からはそれぞれ独自の濃度をもった白黒の煙がもくもくと吐き出され、昼の光と交差すると反射光を生んだ。その光の点滅が星に似ているので、弟はふしぎと眠くなった。

みんなの大好きな歌の、はじめの1小節、音符いくつ分……。

 

  32 校長室

 ……みんなの大好きな歌の、はじめの1小節だけをくりかえし歌いながら、音程はみんなばらばらで、腐ったほ乳類みたいな効果しかうみださない。

 みんな、岩のへりや、枝にしがみついて、てっぺんにたどりつこうとするが力尽きて、ぼろぼろとはがれ落ちていった。

 弟は想像上の風景に注目していた、するとうしろから肩をたたかれて、ふりむくと1人目がいる。

 みんなもう進んでいるといわれ、弟と1人目は列についていった。岩をくりぬいてエレベーターをつくっているようで、足場が組んであり、とびの作業員たちがうごきまわっていた。

 先生は石の階段をのぼりはじめたが、生徒たちはその場で停止した。先生はうしろ歩きで段をとびまわって、はずみをつけすぎていなくなった。

 校長先生は、長いあいだ研究をつづけたため、からだが液状化して、このときは銀の水盤におさめられていた。

 わたしの弟と1人目、2人目、3人目の生徒は、手をひたして、しるしをつけてもらったあと、校長先生はもっとどろどろしているか、どうぶつ性の不純物が沈んでいるのかとおもったが、まったくちがった、銀の水盤の底がよく見えて、室の内部にさしこむ、日の光も、底まで届いているのを発見して、この純水のなかにどんな器官が入っているのだろうか。

 わたしの弟たちは、おたがいに手のひらをあわせて、ふしぎだ、ふしぎだ、と同意した。

 堂のつくりは、装飾や様式は宋代のものをまねたものだが、大きな枠組は竪穴式住居で、門をくぐったときにうっかり足を踏みはずすと地面に墜落する。

 先生が堂の入り口で人数を確認した。対になった、きれいな眼球と、白くて薄い皮フが、規則正しく配置されて、こちらをじっと見ている。

 

  33 実習

 正門から、実習場まではバスで移動することができて、わたしの弟と3人の生徒はいっしょに窓側の席をとった。

 かれらは安全のために、手袋とスコップをもって、ほかに昼ごはんを配られた。

 実習に参加する生徒たちは、みんな次のような衣裳を身につけた。髪は、この学校のきまりでは一定の長さを保つように定められているので、前髪は切りそろえられ、残りは耳を隠すくらいがよい、と言われた。濃い青の、幅の広い中山服を全員が着て、青銅のサンダルをはいた。

 子供たちは足の筋肉が人よりも強かった、かれらが石ころや缶をけとばすと、きりもみ回転にともなって空気の移動をひきおこし、まわりのものは破損した。

 サンダルにからみつかれた、うっすらと血の通った皮フと、白い、表面のつやつやした光、小動物じみたやわらかい肉の繊維といった一連の構成物が目をひいた。

 青い中山服の生徒たちを眺めると、わたしの弟はこのなかでも特に無邪気なようすだと感じるが、意識が覚醒するまで青い服のかべ、ゆっくりとかたちの変化する南洋諸島の波のなかにいた。

 わたしの弟たちはスコップをバスの腹にまとめて収納した。運転手がドアを閉めて、正門からふもとへつづく道路を下っていった。生徒たちはみな無言で、窓ガラスにほっぺたを押しつけて風景に見入っている。

 坂の崖がわは、ひまわりでさえぎられているので、山のふもと、盆地に広がる巣はあまりよく見えなかった。

 ひまわりは一年をとおして花を咲かせており、夏になると花の部位は自分の茎や葉をたべてしまう。なので、夏の日中には、球体のかたちをもったひまわり花が、地面をほりかえして、旋回しながらとなりのひまわりをバリバリとなぎたおすようすを観察することができる。

 いまは、弟たちにとって、ひまわりはどうでもよかった。

 バスは小人の巣のへりで停車して、先生が助手席を立ってこちらに向き直り、背をかがめると降りるように指示をだした。生徒たちはあわただしくバスから出た。

 先生について、わたしの弟は何度か手紙で話をしてくれた。先生のことはだれもよく知らない、一度も自己紹介をしなかった、髪の毛がなくて、いつも室町時代の貴族の衣裳をまとっている。かれは服飾にとてもこだわりがあり、話しことばも、先生から配られるプリントの文字も、ぜんぶ歴史的なものだった。

 弟やその友達が、いつもみたいに両手のひらをつなぎあわせて意見を交換したとき、あの先生の言っていることの8割は理解できない、という結論にいたった。

 わたしの弟が卒業してから、先生は事故で死んだが、わたしは、偶然このことを知った。

 

  34 人の平安を要求すると死ぬ

 男は、いいえ、わたしの弟は、官僚になってからも、たまに姉と顔をあわせるときがある。

 あいかわらず、弟のポストには姉からの文書や封筒、あまりよくない、みにくい感情を結晶にした郵便物がとどけられる。

 朝、目が覚めると弟は窓の前に立って、ガラスに接着されたダンボールをベリベリとはがして、高層建築の下を点検する。

 数百メートル下に、弟の号室のポストがある。ポストは郵便物のかたまりに埋もれて、直接目にすることができなかった。はがきや小包、封筒は毎日すこしずつ増えていくが、あまり時間がないので、弟は自分の間隔で読むことにしていた。

 わたしの弟は、自分の部屋にもどるときに、紙の山から適当に郵便物を手にとってもちかえった。

 姉は子供のときから弟より強くて、言うことをきかないと腕を叩かれた。

 数日前、姉の使いがやってきて、かれの部屋のドアにどうぶつのはく製を設置していった。口をあけた、勇気あるクマの生首がエンブレムから突き出して、弟が労働をおわってもどってくるまでに、完全にうごかなくなった。

 弟はクマの毛皮をつかんで、はがそうとした。金具のこわれる音がして、ドアごとはずれてしまい、いきおいが止まらずに、高層階のろうかから投げ出された。くまの頭部が、ちょうどグライダーの操縦手になり、ひらひらと墜落していくのがわかった。

姉の攻撃は、このように断続的におこなわれた。

 

  35 人の平安を要求すると死ぬ

 姉の小包はサイコロをたくさん入れて、数を示す点のかわりに文字が刻印されている。小さなサイコロを、ふくろがはちきれそうになるまでつめこんでいて、お菓子のふくろを連想した。

 わたしの弟は器のなかにサイコロをあけて、ひとにぎりつかむとベッドの上に投げた。5個か6個のサイコロが目をだすと、「地下室の奥(に)」という文字のならびが出た。弟は、姉の連絡のつづきを読むために、サイコロをすくって投げる、という運動をくりかえした。

 内容は次のとおりだった。

 地下室の奥にすでに退職した役人がいて、かれは年金をうけとって生活している。この人の話をきく機会があったのは、わたしが義務教育と高校をおわらせて、専門学校に入ったためだという気がした。

 高校を出ると、就職先を見つけるまでの待機のために、文字を書く作業や数をかぞえる作業を習う学校に入った。たいていの人はこの学校をほとんど意味のないものとおもっていて、そのせいか、わたしが入学したときにはまだ校舎ができていなかった。

 電話で質問したところ、養豚場の畜舎を買い取って、学校の教室や事務室をつくるはずだったが、うまくいってない、ときかされた。わたしが電話した相手は、学校を経営する集団の人らしく、声だけで精神に異常をきたしていることがうかがえる。

 わたしにたいして、きいてもいないのに、自分の脳みそのうごきを説明してくれた。いわく、わたしはあたまの回転がおそい、しかし頭の回転とはなんだろうかとおもった。

 わたしは自分の身のまわりのことからしか、ほかの遠いものをおもいつかない。冬、晴れていてさむい日に、わたしは弟とならんで歩いている。

 電話をかけているときに、脳みそのことばをおもいだしていたが、すぐに消えた。

 電話の相手の話がつづいて、いわく、脳は、地球とおなじ速度で回転しているはずだ。脳みそは自身の回転をもっておらず、あたまの骨のなかで、宙に浮いたまま回っているわけではない。

 相手は、専門学校の校舎の取得がうまくいかないことから、心身に変調をきたしていた。

 わたしは入学金と学費について、はじめにきいていたより多くとられていることに気がついて、問い合わせた。しかし、相手のひとりごとはおわらない。

 都心から電車にのって1時間ほど左の方角に進むと、緑色の田舎町がある。ここに養豚場があり、施設全体を売りに出そうとしていた。

 わたしたちの集団は、この学校をひらこうとしており、養豚場の敷地を改造できないかということになった。わたしは養豚場の柵、ツル、ツタのからみついた鉄条網をくぐりぬけると、管理人室にむかった。

 管理人からかぎのたばを受け取って、施設を見回ることにした。わたしは、と、電話の向こうの人物は話をつづけた。わたしはもうあいづちを打つのをやめて、ヘッドセットを置いて別のことをしている。

 わたしは、空気の中を歩くにつれて、子供のすがたからゆっくりとチリほこりがついていって、大気中にふくまれる毒や、殺人胞子、その他のとくに意味をもたない粒子が、わたしの表皮には付着してしまった。だからこういうすがたになったとおもう。

 たまに散歩すると、わたしが子供のすがたにもどっている。きれいな変身、わたしのおなかがひらいてなかから男の子が出現したので、わたしのかわりにこの子が施設を探索した。わたしの、皮フだけのたわんだ、ふくろ状の自分は、ぺたぺたとはだしで立ち去っていく男の子のうしろすがたを観察して、しかしわたしの幼いころはこんな外面ではなかった、とふしぎにおもった。

 むかしのすがたがそのままでてきたものとはまた異なるようだ。

 

  36 人の平安を要求すると死ぬ

 電話の相手は子供の姿になり、みたままきいたままを報告することができるようになった、かれは偵察の能力を与えられた。

子供は鉄条網の波が連続的に押し寄せてくるのを感じた。子供は地面にむけて倒れ掛かってくる鉄柵をよじのぼっては、次の波にとびうつった。

 地面がめちゃくちゃに掘りかえされたので、種まきをまつ耕作地にみえた。養豚場には、豚を収容しておく畜舎、飼料を集めておくための倉庫の地区、作業員の住んでいたバラック小屋、豚が運動するためのトレーニング設備、おなじように、作業員と豚の脱走したものをつかまえて監視し、やるときまっていることをやる建造物、養豚場の警備の人びと、そういうものが男の子の視界に映った。

 すでに男の子は本来の人物の手をはなれて、ひとつの意味のないまぼろしに変化している。男の子は看板にしたがって畜舎にむかった。

 柵と道にそって、針葉樹林が植えてあり、うっすら霧のかかったむこうに太陽がみえて、光線が葉の先端部にさしこんで反射した。林道の先に、ぼんやりと畜舎の陰がみえた。

 男の子が近づくと、1番近い畜舎の、巨大な四角ブロックが白い靄のなかから出現し、そのうしろから、2号棟、3号棟……と建造物が連なっていくのを認識した。

 光の加減によるものだろうか、とかれはおもい、眼球に映るものはぜんぶ白と黒であらわされるようになった。そのとき、男の子のからだと足跡も単色に塗られた。

 畜舎の正面で、かれは豚の幽霊を呼んだ。そのあたりで、豚の幽霊がやることもなさそうにうろついている。幽霊は不安定な材質をもっていて、豚のおもかげはどこにもない。子供、男の子は、そもそもこの建築物で養殖したのは豚だったのだろうか、とうたがいをいだく。

 

[つづく]

聖家族 4

  15 きのこ狩り

 きのこの分類の仕事をまかされたがわたしも、わたしの知人(顔も名前も忘れた)も、かたくなにことわった。

 小人の父親は、腕まくりをして、きのこの分類はこうやるんだ、と示そうとした、そのとき、わたしの知人の手のひらが眼球をふさいで、なにもみえなくなり、どういうつもりかきいた。

 知人は、きのこのより分けは、肺や脳みそによくないから深入りしないほうがいい、と言った。手できのこの屍骸をまさぐるたびに胞子がまいあがり、毒の成分が人間の管をとおって肺や脳みそまで達する。

 赤銅の色をもち、磨かずに何十年も塩にさらしておいたような、気味のわるい陰影をもつきのこの表面がベコベコとへこんだりふくらんだりして、小人の父親の頭上めがけてねじまがった。

 おお、とどよめきがおこり、ただし小人の声なのでわたしたちの耳には届かないが、父親のうち数人がきのこの構成部分に押しつぶされて、手や肋骨がとびちった。きのこは不安定な四角柱のすがたを保ったまま、電源ケーブルのようにしなり、無作為に小人の父親をなぎ払っている。

 重量があるため、土埃が吹きあがり、小人の胴体は分解されて四方に飛んでいった。

 父親のなかで助かったものは区画を離れると、生物庁の地方局に通報してわたしたちの家にかえってきた。

 わたしの父親の仕事を紹介する作文はまだつづいた。いま話したのは仕事場の選定がうまくいかなかった場合だそうだ。

 土の成分や、気温、風向きや色がある条件をみたすと、きのこは人肉食の性格をもつ。

 小人の父親たちはしばしば、このどうぶつ的なキノコと接して人数を減らしている。いつか小人の父親たちはいなくなるだろう。

 犬小屋には採取するための道具がまとめて置いてあり、雇いの人間にそうじや点検をしてもらう。

 きのこは食べるとおなかをこわして死ぬので料理にはつかえないが、ほかにどういう用途があるかはわからない。わたしは小人の父親に質問したが無視された。

 ここで休み時間になり、授業参観の2フェイズがおわった。  

  

  16 眼球のうごき

 わたしの家には、現在、およそ数万人の家族がいて、日によって細かく変動しているようだ。家屋のつくりは変わらないので、ひんぱんに床が抜け、圧力がかかってかべが割れ、家族の構成員が水道管みたいに噴出すことがある。

 わたしの家族そのものは父親と母親と弟しかいない。弟の原型は山の上の学校にいるがそうでないものはいくつでもでてくる。

 家族のすがたは同じ家で育つ、もしくは同じ血をもっていてもそれぞれ差があり、定まった体積や体重をもたなかった。

 わたしの別の父親は人の影や死角に隠れることが好きで、ぜったいに手でふれられるところにはいない。

 わたしが家の中のなにもないところ、かべと天井のさかい、押し寄せる家族に注目すると、この父親がオレンジ色の線の状態で眼に映りこむ。この、よくしゃべる、オレンジの線の父親が教えてくれたのは、この人は家のなかではなく眼球にすんでいるということだった。

 オレンジの線の父親は家族の視界にだけあらわれて、声はいつでも出すことができる。かれは……。

 ここで休み時間になり、授業参観の3フェイズがおわった。

    

  17

「ほとんどの若者は海に近寄らないようにして、どうにか海の仕事から逃げたいとおもっている。陸の上には墓しかないのでほとんどやることがなかった。男の子の家は、ほかの部族と同じように」

 男が受け取ったファイルはここで切れていた。

    

  18

「姉は入学式をおわらせて家に戻った。弟の学校から2本の矢がとんできて、自宅のかべにささった。

 授業参観の途中、ふと教室のうしろがさわがしくなって、姉がふりむくと母親たちがかけつけていた。娘の姿をみるために階段をおりてきたという。母親はすべて灰色の肌をしていて、くもりの日に空から降下してきたとき」

 男が受け取ったファイルはここで切れていた。そうかとおもうと、裏につづきがあった。内容は以下のとおり。

 ……したとき、肉眼では探知することができなかった。

 姉の母親たちは頭部を地上にたいして垂直にむけてふりそそいだ。1人、1人の胴体が、鍾乳洞じみた音を発したので、犬や猫がそわそわしている。姉は、きょうはわたしたちもいくから、という言葉を母親からきいていた。

 コンソールには、流星群となって、長いベクトルのたばになって学校に近づく母親たちのうごきが表示される。

 男は操作員の肩越しに黒背景の画面を確認して、ヘッドセットをとった。これはスポンジとくだものの皮からできていて、どこにもつながっておらず、本体もなかった。

 男は作戦室をでて、別の作業員に、班長がどこにいるかたずねた。わからないといわれ、男は小走りで庁舎の北側に向かうことにした。

 天をつくような鐘塔があり、班長はよく窓から身を乗り出して気分転換をすることがある。

 男はどこにもいかなかった。

 姉は自分が来るのでなく、使いのものをよこした。男が路地裏にさしかかるころ、赤い服を着た有色人種で、肌は迷彩に塗られた人物が目の前に出現した。

    

  19 波の音

 男の子ともう1人のつきそいは町にたどりついた。あたらしい国道ができてからさびれて、建造物のかべはぜんぶはがれ落ちている。

 コンクリートの未消化部位と、金属だけになった。

 つきそいはだいぶ前からほとんど口をきかなくなり、男の子が声をかけたところ、力がなくなりかけているとこたえた。男の子は、じゃあ、変えてくれとたのまれた、つづいて男の子が、つきそいの背中、かれはコンクリートのかたまりに腰かけていたが、背中にまわると肩甲骨の右側を指でつかんだ。

 ばりっ、カチリと皮フの裂けるようすと同時に操作盤がうごきだした。肩甲骨をめくった奥深くには、りんごの皮をつぎあわせたパネルがはめこまれているが、そのパネルにはすべておなじつくりをもった文様が印刷されている。

 古い図書館に行くと、大きなホールが広がり、すり鉢状の内部に、図書が正しい方向でならんでいる。だれかがホールの1階に立ったとき、ためしに上に注目すると、吹き抜けがどこまでも続くような錯覚におちいってしまう。

 かれは階層をつらぬく天窓の光が常に遠ざかっていると勘違いするが、実際は3階だての大学図書館だった。

 ここは、むかし炭坑があったので改造して本をためこむようにした、とだれかが司書からきいた。司書ではなく非常勤のおばさんだった。

 フロアの中央に楕円形の大穴があり、暗い、かびのにおいがするカーペットが穴のふちから闇にむかって沈んでいる。

 地下数キロメートルまで掘りかえされた穴のなかに無数のふくろが吊り下げられ、図書がしまってあった。だれかが強化はしごをつたって奥深くにもぐった。

 本の表紙に文様をぬいつけたことがわかった。男の子はページをめくったときにつきそいの人間の肩甲骨をとりはずすうごき、うでと指の力加減を連想した。いろいろとやってみたがうまくいかず、つきそいは歩行能力を失った。

 波の音をきくたびに、雲と霧をまぶされた家並みをおもいだす。

 家のてっぺんは地理地形にしたがってなだらかにひきのばされて、窓からは排煙がふきだして空をつきさした。

 人間の耳は波の音をきくと異常な信号を発し、おなかが痛くなった。

 夜、客でいっぱいの部屋、もてなしの気持ちをあらわし、客を退屈させないために古タイヤを燃やして毒の煙をはきだしているにぎやかな部屋をでた。

 部屋にこもる熱気と、人の群、高温のガス雲から浮かんだ客の顔面の多さにうんざりして、甲板にむかった。

 波の音は石と石がぶつかりあい、こすれる音からつくられる。なので、それを打ち消すような声をだせばきこえなくなる。とくに海岸沿いに住む人びとは波をきらっており、どの家も消音装置をそなえている。

    

  20 波の音

 市場では炭化した人間の胴体がたばになって売られている。手足をとりのぞいて、口を大きくあけてピンで固定した状態で、表面ははがれ落ちないように青灰色の防護液でスプレーしてある。

 たいてい、市場にならんでいるようなものは一般家庭向けなので、長持ちはしない。ひとつ買って、くるまにのせてもってかえり、家の屋根にとりつける。

 このようすは風見鶏か煙突に似ているとおもった。

 消音装置は口を大開にした胸像じみていて、腹部の切断面にバッテリーを格納する部分がある。この力で、人体のつくりを利用して異常な音声信号を発射することで、海の音、さざなみを打ち消すことができる。

 海沿いの町はいまでも前世紀の景観を保存しているところが多いため、幹線をぬければ、暗い森を切りひらいてできた泥石製の、つぶれたような家並みを眺めることができる。

 家はでたらめにたっているが、家と家をむすぶ細い道、すべて合成金属のパネルをしいたものは、集落のあらゆる建造物へ一直線でたどりつけるように設計されている。

 海沿いの人びとは分岐路、分かれ道をきらって、十字路やY字路にさしかかろうものなら気分を害してその場にしゃがみこんでしまう。

 からまった毛玉のように道が広がり、家のてっぺんには、なめらかな面をもつ消音装置が天をむいている。ひとつひとつ、からだや頭部の諸元はばらばらだった。

 民家の屋根や、鐘塔にのぼって装置の森を眺めるのがわたしの弟は好きだった。

 消音装置が作動すると、間隔をおいて、炭化した口、ぼろぼろの歯の奥から絶叫がひびき、耳をすますことで、無作為にえらばれた数字のならびを叫んで、読み上げているのがわかる。

  

  21 波の音

 消音装置の発する音声は人間にとっては耳ざわりだから、海沿いの人びとの耳は退化の兆候をみせている。

 はじめて海の領域にやってきた人は、集落全体から空気のねじれが生じているような印象をうける。おかげで部外者は、どろぼうや脱獄者もふくめて、ほとんど立ち入ることがなかった。

 男の子は、自分より背の高い草をかきわけて海岸にむかった。足元には、月の照明で青く変色した土があり、上をみると、つるぎ状の葉の奥に、月の円が浮いていて、格子のあいだから見えたり隠れたりしている。

 草の種類はわからなかった。

 茎が折れる音がして、そのなかに液体がとおっているのを発見した。草と歯、腰骨がこすれて、しなだれる音をきいているうちに男の子は眠くなり、はっと気がつくと手とうでの輪が天から降りてきてつかまれた。男の子はすぐに連行された。

  

  22 架空の子供の学校

 わたしの弟の学校は、きめられた教育をおこなうほかに、特色がある。基本になる学科についても、国内でもかなり高い水準にあるらしいが、それだけではない、と知らない人から説明をうけた。

 各番地に1人か2人の割合であたまのおかしい人がいて、きいてもいないことをペラペラとしゃべる。

 たちの悪い個体はあからさまに無視すると、自分の話に賛同しているとおもいこんで勝手にどうぶつ狩りにつれていったりする。

 かれは父親の肺のうえで苦行を重ねた。

 この人はわたしがブロック塀のあいだを前進するのにともなって、どこまでもついてきた。道の幅がせまくなってくる、もう馬車も戦車も進入できなくなった、という地点、ブロック塀どうしがくっつきかけ、カニ歩きですり抜けなければいけない段階になっても、ひたすら自分の話をつづけている。

 弟は学校につくとすぐに、自分たちの寮に案内された。

 プールにつながる花壇の道を、ジャンバーの男が突っ切った。弟と、室町時代の甲冑をまとった用務員の前を、曲刀を握りしめた男が横切った。校舎の方向、森を抜けた先から、どよめきと、神々しい絶叫がきこえた。

  

  23 1時間目

 男は姉から送られてきた紙のきれはしを読みあげた。

 はじめに、学校で生活するためのきまりを説明する。この学校にはさまざまな施設があり、危険がないように、また、備品がこわれたりしないように、使い方や約束を守らなければならない。

  

  24 写真

 1枚目を取り出すと、部屋の照明が切れかけていて、はっきりは映らないが、四角い紙のなかに、次のような図像があらわれた。

 からだをほぼ直角におりまげて、写真に見入っているあいだ、店主はだれもきいていない説明をつづけた。

 写真の枠は正常のものよりも幅があり、像の映っている部分、中央からひろがる矩形よりも、場所を多めにとっている。

 男は視力が悪いので、校庭で鉄の骨組にしがみついて、はしゃいでいるときに、墜落する前から、自分の目玉はいつもかすんでいると感じた。焦点をあわせると、写真のなかの図像は移動をくりかえして、枠、テーブルの表面がみえがちだった。

 枠には左と右をさかさまにした文字のならびが刻印されている。黙ったまま読もうとしたが、店主の説明がはじまった。

 便所のにおいのする犬が、消火栓の容器のなかにいる。店主は飼い犬を指差して、どけ、というと、消火栓のやわらかい布製ホースの中に入り、すぐにいなくなった。

 男はかえりに店に寄って、以上のようなできごとを経験した。

   

  25 1時間目

 時間割表が教室のなかの正面、黒板があり、その脇に緑色の掲示板がある。表は1週間の予定を示している。

 わたしの弟は、仲良くなった生徒といっしょに教室のとびらをくぐった。弟は中央にいて、その右側に2人、左側に1人、生徒が横にならんで教室に入ろうとしたがそれがまちがいだった。

 4人が横ならびの隊形のまま、とびらをぬけようとしたので、両端の生徒がはさまった。スポン、スポンと、植物繊維がいっきに切れる音がひびいた。右はじと左はじにいた生徒のからだが左右に分割されて、いきおいよく風が吹いた。

 わたしの弟は皮フに風を受けて、すこし生温かいとおもった。2分割された生徒のからだはすぐにスポンジ状になり、ろうかにはじきだされ、向かいの窓にぶつかった。

 重さがないのでガラスがわずかにたわんだだけですんだ。スポンジが細かいかけらにちぎれると、用務員の娘たち、利発そうな顔立ちの、幼い娘たちはスポンジのかけらの上にしゃがみこんで、スプレーを吹き付けていく。

 これは弟のおもいでのなかでおこったことのようだった。弟は、わたしの弟と同じ日に生まれたあらゆることばをおぼえている。

 教室のなかでしゃべっていた生徒たちは、一瞬だけ静まりかえると、ゴミを見るような目つきで入り口に注目した。そのあと、またおしゃべりを再開した。

 時間割は1日を数千のマスに分割し、各マスに科目名を表示する。学校はとてもあたまのいい人たちが入ってくるので、たくさん勉強する必要がある。

 各科目は材質の異なる四角片であらわされているため、離れて眺めるとモザイク文様のような印象をうける。

 わたしの弟は席について授業がはじまるのを待つ。わたしの学校とちがい、机は4列とか5列で配置されていない、ひとつの机の上に、もうひとつ机を重ねて、さらにその上に机を重ねる、というふうに、ブロックの塔になるような配置ときめられている。

 1クラスには25人いるから25個の机がそびえ立っていた。

 机の配置にあわせて、黒板も、たて長のかたちのようだ。

  

  26

 電気がつくと、棒状の蛍光灯で剣術ごっこをしていた生徒はいなくなった。

まだ若い教師がきて、授業がはじまった。教師はこれを勉強して質問事項があればききにくるように、と言って、プリントのたばを配った。

 教師はすぐにいなくなって、電気も消されてしまった。

 プリントには次のような説明が書いてある。

  

  27 れきし

 老人は通風孔から頭部をだして、ふたたび出現した。何度でもいう、このはめ格子をはずすには複雑なねじれをもったボルトが必要だ。

 子供たち、生徒は手元のリンゴをつかむと、老人のほほえみめがけて投げつけた。老人の顔面は衝撃で変形し、それだけではすまない、ある時点から回転をはじめ、視覚には映らない気流を発生させた。

 わたしの弟は教室のまんなかあたり、ワックスをかけた床から4メートルほど高いところに座ったまま気流をあびる

 弟の白いおでこに空気がぶつかり、黒い前髪が反発して、きれいな眼球をゆっくりながめることができる。弟は気流の効果によって自分が老化したときのおもいでをうけとった。

 手続き、どんなおもいでの貸し借りにもきめられた手続きがある。

 わたしの弟を手にとってみると、皮フはやわらかくて、からだつきは整然とした文字のならびを、指でなぞりつつ唱えているような感じがする。

 老化ははげしいうごきだとおもった。弟は自分の構成物が腐り落ちて、脳みそと時間はそれぞれ格納庫から目減りしていき、いま、弟がそなえているような、きれいな声は失われて、のこぎりかカンナじみた、どす黒い音波しか出すことができない。

 自分でもくだらないとおもう、聞き飽きたことばをおいしそうにほおばるようすが、京都の宮殿の風景を連想させた。

 

[つづく]